【論文229】「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う

要旨

割り算は、掛け算を戻す操作である。だが戻すのを邪魔するものは一種類ではない。本稿は五つの妨げを点呼し、それぞれで何が起きるかを数で示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、同じ $12\div3=4$ が三つの別の $4$である。$12\,\mathrm{m}\div3$ は長さ、$12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{m}$ はただの個数、$12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{s}$ は速さ、分けているのは単位である(第2節)。

第二に、整数ではほとんど割れない。$200000$ 組の乱数で、商が整数に戻ったのは $1404$ 回、すなわち $\mathbf{0.7020\%}$ であった(第3節)。

第三に、割る側に逆元が無いことがある。$\mathbb{Z}/12$ で $6x=1$ の解は一つも無く、$6x=0$ の解は $\mathbf{6}$ 個ある。存在しないだけでなく、一意でもない(第4節)。

第四に、掛け算が交換しないと、商は二つになる。$19977$ 組の乱数行列で、左商と右商が一致したのは $\mathbf{0}$ 件であった(第5節)。

第五に、これが本稿の芯である。$S_3$ ではどの部分群でも指数は整数なのに、商が群になるのは正規なときだけである。数はいつでも割れ、ものは割れない(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ラグランジュの定理、正規部分群と商群、リーマン球、IEEE 754、ホイール代数、非可換の左右の商、等分除と包含除の区別は、いずれも標準的である。網羅を主張しない。扱うのは五つの妨げであり、これで尽きているとは言わない。ゼロ除算の「正しい」定義を選ばない。どの流儀が優れているかは論じない。代数の教科書を書かない。局所化も商環の一般論も扱わない。算数教育の是非を論じない。等分除・包含除は既に名前のある区別として引くだけである。既刊との関係:論文16 は等号に六つの別根、論文227 は不等号に二種、論文228 は「+」に八つを数えた。本稿はその四本目である。論文228 は「交換しないことだけが座標で直せない」と結んだ。本稿の第5節はその割り算側の現れであり、同じ障害が二度現れている。論文181 は「掛け算は二つ目を決めない」を示した。割り算はその掛け算を戻す操作なので、曖昧さをそのまま相続する。加えたのは三つの $4$ を単位で分けたこと、整数で割り切れる割合を測ったこと、$\mathbb{Z}/12$ で逆元の非存在と非一意性を同時に示したこと、左右の商の一致回数を $19977$ 組で数えたこと、$S_3$ の全部分群で指数と商群の可否を並べたことである。

1. 記法と位置づけ

割り算とは、掛け算を戻す操作である。$a\div b$ とは「$b$ に掛けて $a$ になるもの」を求めることである。本稿が問うのは、その「戻す」を何が邪魔しているかである。

位置づけ:論文16(等号)・227(不等号)・228(「+」)に続く記号の分類の四本目である。228 が「交換しないことだけが直せない」と結んだ障害が、ここで二度目に現れる。

2. 同じ $4$ が、三つの別のものである

検算 2.1:

何を訊いているか 式 答 分子の単位は残るか
$12$ m を $3$ 人で分ける $12\,\mathrm{m}\div3$ $4$ m 残る
$12$ m に $3$ m はいくつ $12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{m}$ $4$ 消える(ただの個数)
$3$ 秒で $12$ m $12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{s}$ $4$ m/s 別の単位が生まれる

観察 2.2 数はどれも $4$ であり、ものは三つとも違う。一つは長さ、一つは無次元の個数、一つは速さである。分けているのは計算ではなく、単位である。算数ではこれを等分除と包含除と呼び分けており、既に名前がある。

3. 答が、集合を出ていく

検算 3.1:$1$ から $999$ の整数の組を $200000$ 回作り、商が整数に戻る回数を数える。

測ったもの 値
試した組 $200000$
商が整数だった回数 $1404$
割合 $\mathbf{0.7020\%}$

観察 3.2 整数の世界では、割り算はほとんどの場合そもそも定義されていない。治し方は演算をいじることではなく、集合を広げることである。$\mathbb{Z}$ から $\mathbb{Q}$ へ移る、というのはそういう操作であった。

4. 割る側に、逆元が無い

検算 4.1:$1\div0$ は、どこに立つかで答が変わる。

どこに立つか $1\div0$ は何か
実数 定義されない(そのような数が無い)
リーマン球 無限遠という一点
IEEE 754 符号つきの無限大、そして $0/0$ は数でない
ホイール代数 定義された元(ただし法則は弱くなる)
極限 たどる道に依る

実測:$1/0=\infty$、$-1/0=-\infty$、$0/0=\mathrm{NaN}$。また $x/x^2$ は $x=10^{-6}$ で $+10^{6}$、$x=-10^{-6}$ で $-10^{6}$ である。

検算 4.2:$\mathbb{Z}/12$ で $6$ を割る。

問い 解
$6x=1 \pmod{12}$ 一つも無い
$6x=0 \pmod{12}$ $\mathbf{0,2,4,6,8,10}$($6$ 個)

逆元を持つ数の割合は、法 $7$ で $1.0000$、法 $12$ で $0.3636$、法 $30$ で $0.2759$ である。

観察 4.3 逆元は存在しないだけでなく、一意でもない。$6x=0$ の解が $6$ 個あるということは、「$0$ を $6$ で割る」に答が $6$ 個あるということである。割り算が壊れる第三の型である。

5. 掛け算が交換しないと、商は二つになる

検算 5.1:$A$ を第一行 $(1,2)$、第二行 $(3,4)$ の行列、$B$ を第一行 $(0,1)$、第二行 $(1,1)$ の行列とする。

どちらの商か 値
$B^{-1}A$ 第一行 $(2,2)$、第二行 $(1,2)$
$AB^{-1}$ 第一行 $(1,1)$、第二行 $(1,3)$
最大の差 $\mathbf{1.000000}$

$19977$ 組の乱数行列で、左商と右商が一致したのは $\mathbf{0}$ 件であった。

観察 5.2 「$A$ を $B$ で割る」という単一の対象は無い。左から割ったものと右から割ったものがあり、別のものである。論文228 で「交換しないことだけが座標で直せない」と結んだ障害が、ここで二度目に現れている。

6. 芯:数はいつでも割れ、ものは割れない

検算 6.1:$6$ 個の元をもつ群 $S_3$ の、すべての部分群について。

部分群 $H$ $|H|$ 指数 $|S_3|/|H|$ 正規か $S_3/H$ は群か
単位元だけ $1$ $6$ はい はい
$A_3$(回転) $3$ $2$ はい はい
$\{e,(0\,1)\}$ $2$ $\mathbf{3}$ いいえ いいえ
$\{e,(0\,2)\}$ $2$ $\mathbf{3}$ いいえ いいえ
$S_3$ 自身 $6$ $1$ はい はい

観察 6.2 指数 $|G|/|H|$ はどの部分群でも整数である(ラグランジュ)。ところが商が群になるのは、$H$ が正規なときだけである。指数 $3$ の二つでは、数は割れているのに、剰余類が掛け算を持たない。

観察 6.3 ここでは、そもそも何も逆にしていない。「$S_3$ を $A_3$ で割る」は、掛け算を戻しているのではなく、ものを潰しているのである。同じ「割る」で、答が数になるか、ものになるかが違う。

7. 点呼:五つの妨げ

検算 7.1:

何が戻すのを邪魔しているか 例 何が得られるか
何も(体である) 有理数での $12\div3$ 数
答が集合を出る 整数での $3\div2$ 何も(広げるまで)
割る側に逆元が無い $1\div0$、$\mathbb{Z}/12$ の $1\div6$ 最大五通りの答
掛け算が交換しない 行列の $A\div B$ 左と右、二つの答
何も逆にしていない $S_3\div A_3$ 数ではなく、もの

観察 7.2 五つの「$\div$」は、記号が同じだけである。一つ目は普通の割り算、二つ目は定義されていない、三つ目は答が複数、四つ目は答が二つ、五つ目はそもそも別の操作である。

8. 分離子と柵

観察 8.1 (分離子) 「$\div$」を分けているのは、掛け算を戻すのを何が邪魔しているかである。記号ではない。

観察 8.2 (柵) 「これは割れる」という言い方を囲っている柵は、どの集合の中で、何を戻そうとしているかである。柵の外では、この文は偽ですらなく、空である。228 の「これらは足せる」、227 の「この量には上限がある」と同じ形である。

観察 8.3 228 では、八つのうち七つが座標で救えた。本稿では救える型が一つも無い。割り算の妨げは変数の付け替えでは消えない。集合を広げるか、答が複数であることを認めるか、左右を区別するか、そもそも別の操作だと認めるかのいずれかである。

観察 8.4 記号の分類は、これで四本目になった。等号に六、不等号に二、「+」に八、「$\div$」に五。そしてまだ終わっていない。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 三つの $4$(検算2.1):長さ・個数・速さ。
  2. 整数ではほとんど割れない(検算3.1):$0.7020\%$。
  3. ゼロ除算に五つの答(検算4.1):$1/0=\infty$、$0/0=\mathrm{NaN}$、道に依る。
  4. 逆元は無く、しかも一意でない(検算4.2):$6x=0$ の解が $6$ 個。
  5. 左商と右商(検算5.1):$19977$ 組で一致 $0$ 件。
  6. 数は割れ、ものは割れない(検算6.1):指数 $3$ で商群が無い。
  7. 五つの妨げ(検算7.1)。

結び:$12\div3=4$。この式は、少なくとも三つの違うことを言っている。$4$ メートルか、ただの $4$ か、毎秒 $4$ メートルか。そして整数の中では、千組のうち七組しか割り切れない。$0$ で割ろうとすれば答は五通りに分かれ、$\mathbb{Z}/12$ で $6$ で割ろうとすれば一つも無いか、六つある。行列なら左と右で別の答が出て、乱数を二万組近く試しても一度も一致しなかった。そして最後の一つは、割り算ですらない。$S_3$ をその部分群で割るとき、数はどの部分群でもきれいに割れる。ラグランジュがそれを保証している。それなのに、剰余類が掛け算を持てないことがある。指数はちゃんと $3$ なのに、商という「もの」は存在しない。「割る」という一つの言葉が、数を求めることと、ものを潰すことの両方を指していた。だから割れるかどうかを訊く前に、何を戻そうとしているのかを訊かねばならない。

参考文献

  1. Lagrange, J.-L. (1771). Réflexions sur la résolution algébrique des équations. Nouveaux Mémoires de l’Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Berlin.
  2. Riemann, B. (1851). Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Functionen einer veränderlichen complexen Grösse. Göttingen.
  3. Ore, O. (1931). Linear equations in non-commutative fields. Annals of Mathematics, 32(3), 463–477.
  4. Fischbein, E., Deri, M., Nello, M. S., Marino, M. S. (1985). The role of implicit models in solving verbal problems in multiplication and division. Journal for Research in Mathematics Education, 16(1), 3–17.
  5. Greer, B. (1992). Multiplication and division as models of situations. In: Grouws, D. A. (ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning. New York: Macmillan.
  6. Carlström, J. (2004). Wheels: on division by zero. Mathematical Structures in Computer Science, 14(1), 143–184.
  7. IEEE (2019). IEEE Standard for Floating-Point Arithmetic. IEEE Std 754-2019.
  8. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  9. 山岸勇輝 (2026). 掛け算は「二つ目」を決めない [論文181]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104155
  10. 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
  11. 山岸勇輝 (2026). 太陽は、緑にも橙にも赤外にも輝いている [論文222]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120199
  12. 山岸勇輝 (2026). 同じ「$\le$」が、触れる壁と触れない壁を指している [論文227]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22123129
  13. 山岸勇輝 (2026). 「+」は八つあり、そのうち七つは座標を変えれば本当の足し算になる [論文228]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126254

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う」[論文229]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22126445

YOI 229第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う [論文229]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/229 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22126445

Yamagishi, Y. (2026). There Are Five Divisions, and Each One Fails for a Different Reason [Paper 229]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/229; DOI: 10.5281/zenodo.22126445

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