【論文233】「微分できる」は六つあり、そのうち二つは極限を取らない

要旨

論文178 は「どの意味で微分と言っているかの問題である」と書いて、そこで止めた。本稿はその点呼である。「微分できる」は少なくとも六つの別の主張であり、二つは差分商の極限をまったく取らない。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、全方向にあって、全体には無い。$f(x,y)=x^3y/(x^6+y^2)$ はあらゆる方向で微分係数 $0$ を持ちながら、曲線 $y=x^3$ の上では原点にいくら近づいても値が $0.5$ のままである(第2節)。

第二に、どこにも無い。ワイエルシュトラス関数の差分商は $h$ を縮めるほど $19.77\to-172.32\to-947.98\to-7510.35\to+11503.54$ と符号ごと暴れる(第3節)。

第三に、ほとんど至る所にはある。カントール階段は乱数 $3000$ 点すべてで傾きが $10^{-6}$ 未満、それでいてちょうど $1$ だけ上がる(第4節)。

第四に、極限を取らない微分がある。$|x|$ の弱微分は $\mathrm{sgn}$ であり、試験関数との対で $0.177772705925436369$ が両辺一致した(差 $6.46\times10^{-27}$)(第5節)。

第五に、これが本稿の芯である。カントール階段の超関数微分は関数ではなく測度である。台の長さが $0.0077$ へ縮んでも積分は $0.2373579604737711$ に居座る(第6節)。

第六に、定数を消さない微分がある。$1/2$ 階のリーマン=リウヴィル微分は定数 $1$ に対し $x=1$ で $0.564189583548$ を返す。カプトは $0$ を返し、差はちょうど初期値の分である(第7節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ワイエルシュトラス関数、カントール階段、ルベーグの微分定理、ラーデマッハの定理、ソボレフの弱微分、シュワルツの超関数、リーマン=リウヴィルとカプトの分数階微分は、いずれも標準的である。どの定義が正しいかを決めない。六つは目的が違うのであって、優劣ではない。分数階微分の応用を論じない。粘弾性も異常拡散も扱わない。微分の歴史を書かない。誰がいつ何を定義したかは参考文献に置くだけである。数値微分の誤差論を作らない。第3節の暴れは丸め誤差ではなく関数の性質だが、その分離は本稿では示さない。既刊との関係:論文178 は階段関数の超関数微分を扱い、「どの意味で微分と言っているかの問題である」と名指しして止めた。本稿はその戸から入る。論文177 は「連続」の五別根を数え、カントール階段を絶対連続の反例として使った。本稿は同じ関数を微分の側から見るので、事実は重なるが問いが違う。論文197 は「収束する」の四別根を数えた。本稿はその微分版である。論文16 は等号に六つの別根を数えた。本稿の六つは演算子の側の別根である。加えたのは方向微分と全微分の乖離を数で見せたこと、弱微分を試験関数との対で検算したこと、カントール測度への収束を段ごとに追ったこと、そこで生じた $2.59\times10^{-4}$ のずれの出所を突き止めたこと、二つの分数階微分の差が初期値そのものだと確かめたことである。

1. 記法と位置づけ

論文178 は、階段関数に超関数微分を与えたあとでこう書いた。「どちらも、どの意味で微分と言っているかの問題である」。そこで文は終わっている。本稿はその問いの点呼である。

問うのはどの定義がどの対象に届くかであり、どれが本物の微分かではない。

位置づけ:論文177 は連続の別根を数えた。本稿は微分の別根を数える。両者はカントール階段という同じ証人を使うが、訊いていることが違う。あちらは「絶対連続か」、こちらは「導関数は何か」である。

2. 方向にはあるのに、全体には無い

検算 2.1:$f(x,y)=x^3y/(x^6+y^2)$、$f(0,0)=0$ とおく。原点で各方向の微分係数を測る。

方向 $(a,b)$ $f(ta,tb)/t$($t=10^{-6}$)
$(0.70711,\ 0.70711)$ $5.0\times10^{-7}$
$(0.70711,\ -0.70711)$ $-5.0\times10^{-7}$
$(0,\ 1)$ $0$
$(1,\ 0)$ $0$
$(0.89443,\ 0.44721)$ $1.6\times10^{-6}$
$(0.31623,\ 0.94868)$ $3.33\times10^{-8}$

どの方向でも $t\to0$ で $0$ に行く。つまりガトー微分はあらゆる方向に存在し、すべて $0$ である。(証明終)

検算 2.2:ところが直線ではなく曲線で近づく。

$x$ $f(x,\ x^3)$
$10^{-1}$ $0.5$
$10^{-3}$ $0.5$
$10^{-5}$ $0.5$
$10^{-8}$ $\mathbf{0.5}$

原点にいくら近づいても $0.5$ のままである。(証明終)

観察 2.3 $f$ は原点で連続ですらない。連続でないものが全微分できるはずはないから、フレシェ微分は存在しない。それでも方向微分は全部存在する。分離子はどの近づき方を許すかであり、直線だけを見る定義は、曲線の情報を落とす。

3. どこにも無い

検算 3.1:$W(x)=\sum_{k\ge0}2^{-k}\cos(13^k\pi x)$ の差分商を $x=0.3$ で測る。

$h$ $(W(x+h)-W(x))/h$
$10^{-2}$ $19.7683562423$
$10^{-3}$ $-172.320151069$
$10^{-4}$ $-947.978382329$
$10^{-5}$ $-7510.34927975$
$10^{-6}$ $11503.5449173$
$10^{-7}$ $\mathbf{12914.8221772}$

観察 3.2 大きさが増えるだけでなく、符号が入れ替わる。$W$ は至る所連続で、至る所微分不可能である。ここでは六つのうち一つも適用できない、のではない。弱微分も超関数微分も存在する($W$ は連続だから局所可積分である)。存在しないのは差分商の極限だけである。

4. ほとんど至る所にはある

検算 4.1:カントール階段 $c$ を自己相似の定義
$c(x)=c(3x)/2$($x\le1/3$)、$c(x)=1/2$($1/3 < x < 2/3$)、$c(x)=1/2+c(3x-2)/2$($x\ge2/3$)
で作り、乱数 $3000$ 点で $h=10^{-15}$ の差分商を測る。

量 値
$c(0)$ $0$
$c(1)$ $1$
全上昇 $\mathbf{1.0}$
傾きが $10^{-6}$ 未満だった点 $\mathbf{3000/3000}$($100.00\%$)

観察 4.2 単調関数はほとんど至る所で微分可能である(ルベーグ)、カントール階段はその極端な場合で、導関数はほとんど至る所 $0$。各点の導関数を積分すると $0$ になり、上昇 $1$ と合わない。論文177 はこれを絶対連続でないこととして述べた。

観察 4.3 本稿が足すのは、そこから先である。「導関数が無い」のではなく、別の意味の導関数なら在る。それが第6節である。

5. 極限を取らない微分

定義 5.1 $g$ が $f$ の弱微分であるとは、すべての試験関数 $\varphi$ に対し
$-\int f\varphi’ = \int g\varphi$ が成り立つことをいう。差分商は現れない。

検算 5.2:$f(x)=|x|$、$\varphi$ を $(-0.55,\ 1.05)$ に台を持つ滑らかな山とする(原点を含むが中心ではない)。

量 値
$-\int |x|\,\varphi’\,dx$ $0.177772705925436369$
$\int \mathrm{sgn}(x)\,\varphi\,dx$ $\mathbf{0.177772705925436369}$
差 $6.46\times10^{-27}$
$\int 1\cdot\varphi\,dx$(誤った候補) $0.35519505293446355$

観察 5.3 $\mathrm{sgn}$ が $|x|$ の弱微分である。山を原点対称に置くと両辺とも $0$ になり、何も判定できない。だから台をずらした。誤った候補が $0.355$ を返すことが、この検算が実際に区別している証拠である。

観察 5.4 $|x|$ は $x=0$ で差分商の極限を持たないのに、弱微分は持つ。問いを点の値から積分の相手へ移したからである。論文178 が「値から作用へ」と書いたのと同じ移動である。

6. 芯:関数ではない導関数

検算 6.1:カントール階段の超関数微分を測る。定義により $\langle c’,\varphi\rangle = -\int c\,\varphi’$ である。右辺を数値で求め、段 $n$ のカントール測度での $\int\varphi$ と比べる。

段 $n$ 区間の数 台の総長 $\int\varphi\,d\mu_n$
$1$ $2$ $0.666666666667$ $0.2369516407540564$
$2$ $4$ $0.444444444444$ $0.2381665572300388$
$4$ $16$ $0.197530864198$ $0.2373636538380312$
$8$ $256$ $0.0390184423106$ $0.2373579613338792$
$12$ $4096$ $0.00770734662926$ $0.2373579604737711$
$18$ $262144$ $2.58\times10^{-4}$ $\mathbf{0.23735796047364}$

観察 6.2 台の長さは $0$ へ行くのに、積分は$0.2373579604737711$ に居座る。質量は測度零の集合の上に載っている。したがって密度は存在せず、この導関数はどこでも関数ではない。第4節で「導関数は $0$」と言えたのは、各点の値という意味に限ったときだけである。

検算 6.3(本稿で生じたずれ):最初、左辺を $[0,1]$ の上だけで積分したところ $0.2370988$ となり、第4桁で合わなかった。

計算 値
$[0,1]$ だけで積分 $0.2370988$
測度側 $0.23735796047364$
差 $\mathbf{2.5916\times10^{-4}}$
$\varphi(1)$ $\mathbf{2.5916\times10^{-4}}$
台の全体で積分($c$ を $0$ と $1$ で延長) $0.2373579608640875$

観察 6.4 ずれはちょうど $\varphi(1)$ であった。試験関数の台が $1.05$ まで伸びているのに、$c$ を $[0,1]$ で切っていた。つまり$c$ を外側でどう延長するかを宣言していなかった。記号 $\langle c’,\varphi\rangle$ はそのことを何も言っていない。これが超関数微分の柵である:台が定義域の中にあるか、延長を宣言してあるか。

7. 定数を消さない微分

検算 7.1:$1/2$ 階の微分を、定数関数 $f\equiv1$ に当てる。

$x$ リーマン=リウヴィル カプト
$0.01$ $5.64189583548$ $0$
$0.1$ $1.78412411615$ $0$
$0.5$ $0.797884560803$ $0$
$1$ $\mathbf{0.564189583548}$ $\mathbf{0}$
$2$ $0.398942280401$ $0$

観察 7.2 リーマン=リウヴィルでは定数の微分が $0$ でない。しかも $x\to0$ で発散する。カプトでは $0$ である。同じ「$1/2$ 階微分」という言い方が、正反対の答を返す。

検算 7.3:$f(x)=1+x$ で、$x=1$ における両者を求積で確かめる。

定義 数値求積 閉じた形
リーマン=リウヴィル $1.69256875064$ $1.69256875064$
カプト $1.1283791671$ $1.1283791671$
差 $\mathbf{0.564189583548}$ $f(0)\,x^{-1/2}/\Gamma(1/2)$

観察 7.4 差は $f(0)\,x^{-1/2}/\Gamma(1/2)$ にちょうど一致する。分離子は初期値をどう扱うかである。リーマン=リウヴィルは積分してから微分し、カプトは微分してから積分する。順序を入れ替えただけで、定数が消えるか残るかが変わる。

8. 分離子と柵

観察 8.1 (点呼) 

種類 何に対して微分と言うか 落ちる例
フレシェ 一次近似が全方向で一様 第2節の $f$
ガトー(方向) 各方向ごとの極限 曲線で近づくと壊れる
ほとんど至る所 測度零を捨ててよい カントール階段
弱微分 試験関数との対 $|x|$ は通る
超関数微分 同上、答が関数でなくてよい $c’$ は測度
分数階 積分核との畳み込み 定数が消えない

観察 8.2 (分離子) 六つを分けているのは何に対して微分と言っているかである。点の値に対してか、方向に対してか、測度に対してか、試験関数に対してか、積分核に対してか。記号 $f’$ はそのどれとも書いていない。

観察 8.3 (柵) 柵は三つある。第一に、近づき方、直線だけか、曲線も許すか(第2節)。第二に、捨ててよい集合、測度零を捨てると基本定理が壊れる(第4節)。第三に、試験関数の台、定義域の外にはみ出すなら、延長を宣言しなければならない(第6節)。三つとも、記法には書かれていない。

観察 8.4 六つのうち二つ(弱微分と超関数微分)は、差分商をまったく取らない。それらは極限の定義ではなく、部分積分の要求である。だから「微分可能でない関数の微分」という言い方が矛盾なく成り立つ。論文16 の言い方を借りれば、同じ記号が定義と要求の両方を務めている。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 全方向に微分係数 $0$、それでも不連続(検算2.1・2.2):曲線上で $0.5$。
  2. 差分商が暴れる(検算3.1):$19.77$ から $12914.82$ まで、符号ごと。
  3. 傾き $0$ が $3000/3000$、上昇は $1$(検算4.1)。
  4. 弱微分は極限を取らずに存在する(検算5.2):両辺 $0.177772705925436369$。
  5. 超関数微分は関数でない(検算6.1):台の長さ $2.58\times10^{-4}$、積分は $0.2373579604737$。
  6. 検算のずれ $2.5916\times10^{-4}$ は $\varphi(1)$ であった(検算6.3)。
  7. 分数階は定数を消さない(検算7.1):$0.564189583548$ 対 $0$。

結び:論文178 は、階段関数に微分を与えたあとで「どの意味で微分と言っているかの問題である」と書いて止まった。本稿はその先を数えた。「微分できる」は六つの別の主張であり、そのうち二つは差分商をまったく取らない。全方向に導関数があっても全微分は無く、至る所連続でもどこでも微分できず、ほとんど至る所で傾き $0$ の関数がちょうど $1$ だけ上がり、その導関数は関数ですらない。そして $1/2$ 階の微分は二つあって、定数について正反対の答を返す。六つを分けているのは何に対して微分と言っているかであり、記号 $f’$ はそのどれも書いていない。本稿でいちばん学んだのは、自分の検算が第4桁で合わなかったときである。ずれは丸め誤差ではなく、試験関数の台が定義域からはみ出していたことであった。$\langle c’,\varphi\rangle$ という記法は、台がどこまで伸びているかを言っていない。柵は、いつも記法の外にある。

参考文献

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  10. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  11. 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が、中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
  12. 山岸勇輝 (2026). デルタは関数ではなく、写像である [論文178]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098261
  13. 山岸勇輝 (2026). 「収束する」は四つの別の主張であり、分けているのは何を捨てることを許すかである [論文197]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107590
  14. 山岸勇輝 (2026). 証明を落とした本から学ぶと、等号の身分も一緒に落ちる [論文232]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22127528

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「微分できる」は六つあり、そのうち二つは極限を取らない」[論文233]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22127806

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「微分できる」は六つあり、そのうち二つは極限を取らない [論文233]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/233 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22127806

Yamagishi, Y. (2026). “Differentiable” Is Six Things, and Two of Them Take No Limit [Paper 233]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/233; DOI: 10.5281/zenodo.22127806

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