【論文234】「距離」は六つあり、そのうち一つは三角不等式を逆に満たす

要旨

距離の公理は四つある。非負性、識別不能の同一性、対称性、三角不等式。本稿は、そのそれぞれを落としたときに何が残るかを数で確かめ、最後に落とさずに逆を向かせる。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、同一性が落ちる。$d=|x_1-x_2|$ を平面に入れると、相異なる三点が互いに距離 $0$ になる(第2節)。

第二に、対称性が落ちる。一方通行の環では $d(0,1)=1$ に対し $d(1,0)=3$、$d(0,3)=3$ に対し $d(3,0)=1$ である(第3節)。

第三に、三角不等式が落ちる。$d=(x-y)^2$ では $d(0,2t)$ が $d(0,t)+d(t,2t)$ のちょうど二倍になり、$t=5$ では $100$ 対 $50$ である(第4節)。

第四に、三角不等式が強くなる。$2$ 進距離では乱数 $19986$ 組すべてで $d(a,c)\le\max$ が成り立ち、すべての三角形が二等辺であった($100.00\%$)(第5節)。

第五に、これが本稿の芯である。ローレンツ間隔では三角不等式が逆を向く。寄り道するほど短くなり、$10.0\to9.798\to9.165\to8.0\to6.0$ と落ちる。まっすぐが最長である(第6節)。

第六に、公理を全部満たしても一つに決まらない。球面の弦距離と測地距離はどちらも本物の距離でありながら、比は $1.000004$ から $1.570000$ まで開く(第7節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。擬距離・準距離・半距離・超距離の定義、$p$ 進距離、オストロフスキーの定理、ミンコフスキー幾何における逆向きの三角不等式は、いずれも標準的である。双子のパラドックスを「解かない」。本稿が言うのはそれが計量の公理の話であるということだけで、加速も一般相対論も扱わない。位相を論じない。どの距離がどの位相を生むかは扱わない。一般化距離の分類学を作らない。六つは網羅ではなく点呼である。$p$ 進解析に立ち入らない。$2$ 進距離は超距離の証人としてしか使わない。どれが「本当の距離」かを決めない。第7節が示すのは、公理では一つに決まらないことである。既刊との関係:論文201 は「完備」の四別根を数え、四つを束ねているのは計量が正定値であることと示した。本稿はその一つ手前、距離そのものを数える。論文217 は距離だけを守れと言うと直線性まで守ってしまうことを示した。本稿は守るべき「距離」が何通りあるかを先に数える。論文121 は計量の空間の上の計量を扱った。本稿は計量の公理そのものである。論文233 は「微分できる」の六別根を数えた。本稿は同じ形の、距離版である。加えたのは四つの公理それぞれの落ち方を数で並べたこと、$2$ 進で二等辺率を測ったこと、ローレンツの逆向き三角不等式を寄り道の量として表にしたこと、弦と測地の比が $\pi/2$ まで開くことを示したことである。

1. 記法と位置づけ

定義 1.1 集合 $X$ の上の関数 $d\colon X\times X\to\mathbb{R}$ が距離であるとは、次の四つを満たすことをいう。

  1. 非負性:$d(x,y)\ge0$。
  2. 識別不能の同一性:$d(x,y)=0$ ならば $x=y$。
  3. 対称性:$d(x,y)=d(y,x)$。
  4. 三角不等式:$d(x,z)\le d(x,y)+d(y,z)$。

本稿は、二・三・四をそれぞれ落とし、最後に四を落とさずに向きだけ変える。

位置づけ:論文201 は「完備」の別根を数え、正定値性が四つを束ねていると示した。本稿はその一つ手前である。訊くのはどれが本当の距離かではなく、どの公理を手放すと何が使えなくなるかである。

2. 擬距離:同一性が落ちる

検算 2.1:平面に $d\big((x_1,y_1),(x_2,y_2)\big)=|x_1-x_2|$ を入れる。

$p$ $q$ $d(p,q)$
$(1,0)$ $(1,5)$ $\mathbf{0}$
$(1,0)$ $(1,-3)$ $\mathbf{0}$
$(1,5)$ $(1,-3)$ $\mathbf{0}$
$(1,0)$ $(4,0)$ $3$
$(1,5)$ $(4,0)$ $3$

観察 2.2 相異なる三点が、互いに距離 $0$ である。修復は商を取ることで、空間は $x$ 軸に潰れる。潰したあとの点はもとの点ではない。$L^2$ で「ほとんど至る所等しい関数を同一視する」のはこれと同じ操作であり、論文233 第4節の「測度零を捨てる」と同じ柵である。

3. 準距離:対称性が落ちる

検算 3.1:一方通行の環 $0\to1\to2\to3\to0$(各辺の重み $1$)に、割高な近道 $0\to3$(重み $7$)を足す。最短路を測る。

$(a,b)$ $d(a,b)$ $d(b,a)$ 差
$(0,1)$ $1$ $\mathbf{3}$ $2$
$(0,2)$ $2$ $2$ $0$
$(0,3)$ $\mathbf{3}$ $\mathbf{1}$ $2$
$(1,3)$ $2$ $2$ $0$

観察 3.2 $0$ から $3$ へは $3$ かかり、$3$ から $0$ へは $1$ で着く。三角不等式は両向きとも成り立っている。落ちたのは対称性だけである。修復は対称化($\max$ か平均を取る)だが、答が変わる。$d(0,3)$ は $3$ でも $1$ でもなくなる。

4. 半距離:三角不等式が落ちる

検算 4.1:直線に $d(x,y)=(x-y)^2$ を入れる。非負で、対称で、$d=0$ は $x=y$ と同値である。

$t$ $d(0,t)+d(t,2t)$ $d(0,2t)$ 判定
$0.5$ $0.5$ $1.0$ 破れ
$1$ $2.0$ $4.0$ 破れ
$2$ $8.0$ $16.0$ 破れ
$5$ $50.0$ $\mathbf{100.0}$ 破れ

観察 4.2 寄り道がつねに半分で済む。ここには商にも対称化にも当たる修復が無い。平方根を取れば距離になるが、それは同じ距離の目盛りを変えたものではなく、別の関数である。三つの公理を満たしても、最短路という言葉が意味を失う。

5. 超距離:三角不等式が強くなる

検算 5.1:整数に $2$ 進距離 $|a-b|_2 = 2^{-v_2(a-b)}$ を入れ、$4096$ 未満の相異なる整数の三つ組を乱数で $19986$ 組取る。

性質 成立した組
通常の三角不等式 $19986/19986$($100.00\%$)
強い形 $d(a,c)\le\max\big(d(a,b),d(b,c)\big)$ $\mathbf{19986/19986}$($\mathbf{100.00\%}$)
最大の二辺が等しい(二等辺) $\mathbf{19986/19986}$($\mathbf{100.00\%}$)

観察 5.2 ここでは公理を落としていない。強めている。それでも幾何は幾何らしくなくなる。すべての三角形が二等辺であり、球の中のどの点も中心であり、二つの球は交わるなら一方が他方を含む。公理を強めることも、別の対象に移ることである。

6. 芯:三角不等式が逆を向く

検算 6.1:$1{+}1$ 次元のミンコフスキー時空で、時間的に隔たった二点 $A=(0,0)$、$C=(10,0)$ を結ぶ。間に $B=(5,x)$ を置き、$|AB|+|BC|$ を測る($|PQ|=\sqrt{\Delta t^2-\Delta x^2}$)。

$B$ $|AB|$ $|BC|$ $|AB|+|BC|$
$(5,0)$ $5.0$ $5.0$ $\mathbf{10.0}$(=$|AC|$)
$(5,1)$ $4.898979486$ $4.898979486$ $9.797958971$
$(5,2)$ $4.582575695$ $4.582575695$ $9.16515139$
$(5,3)$ $4.0$ $4.0$ $8.0$
$(5,4)$ $3.0$ $3.0$ $6.0$
$(5,4.9)$ $0.9949874371$ $0.9949874371$ $\mathbf{1.989974874}$

まっすぐ進んだときの $|AC|$ は $10.0$ である。(証明終)

観察 6.2 どの寄り道も短い。三角不等式は破れているのではなく、符号が逆になっている。$|AC|\ge|AB|+|BC|$ である。「最短経路」という言葉が最長経路を指す。

観察 6.3 これは双子のパラドックスである。留まった双子が $10$ 歳ぶん年を取り、折り返した双子は $6$ 歳ぶんしか取らない。逆説はどこにもなく、三角不等式の向きが逆なだけである。本稿が言うのはそれだけであり、加速も一般相対論も扱わない。

観察 6.4 落ちているのは三角不等式だけではない。非負性も識別不能の同一性も落ちている(光的に隔たった相異なる二点は間隔 $0$)。したがってローレンツ間隔は距離の一般化ではなく、別の対象である。論文201 が「正定値性が四つを束ねている」と言ったのは、この境目のことである。

7. 公理を全部満たしても、一つに決まらない

検算 7.1:単位球面の上で、弦の長さ(周りの空間を通る)と大円の長さ(球面の上を通る)を比べる。どちらも四つの公理を満たす。

中心角 弦距離 測地距離 比
$0.01$ $0.00999995833339$ $0.01$ $1.000004167$
$0.1$ $0.0999583385414$ $0.1$ $1.000416788$
$1$ $0.958851077208$ $1$ $1.042914821$
$2$ $1.68294196962$ $2$ $1.188395106$
$3$ $1.99498997321$ $3$ $1.503766956$
$3.14$ $1.99999936586$ $3.14$ $\mathbf{1.570000498}$

観察 7.2 比は $\pi/2$ まで開く。二つとも本物の距離であり、公理はどちらも選ばない。「どちらが距離か」は定理ではなく、何を測りたいかの宣言である。飛行機は測地距離を、トンネルは弦距離を使う。

8. 分離子と柵

観察 8.1 (点呼) 

種類 手放した/変えた公理 使えなくなるもの
距離 なし 、
擬距離 識別不能の同一性 点を点として区別すること
準距離 対称性 往復を同じ量と呼ぶこと
半距離 三角不等式 最短路という言葉
超距離 強めた 三角形が一般の形を取ること
ローレンツ間隔 向きが逆 最短が最短であること

観察 8.2 (分離子) 六つを分けているのは四つの公理のどれをどう扱うかである。記号 $d(x,y)$ はそのどれとも書いていない。論文233 の $f’$ と同じ形である。

観察 8.3 (柵) 修復できるものと、できないものがある。擬距離は商で直る。準距離は対称化で直るが、答が変わる。半距離は直らない。平方根は別の関数である。そして超距離とローレンツ間隔は直すものではない。それらは壊れた距離ではなく、別の対象である。

観察 8.4 第7節が示すのは、公理を全部満たしても一つに決まらないということである。柵は公理の内側にはない。「どの距離か」は測る前に宣言するしかない。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 相異なる三点が互いに距離 $0$(検算2.1)。
  2. $d(0,3)=3$、$d(3,0)=1$(検算3.1)。
  3. 寄り道がつねに半分(検算4.1):$t=5$ で $50$ 対 $100$。
  4. 強い三角不等式が $19986/19986$、二等辺も $19986/19986$(検算5.1)。
  5. 寄り道するほど短い(検算6.1):$10.0$ から $1.99$ まで。
  6. 弦と測地の比が $1.570000$ まで開く(検算7.1)。

結び:距離の公理は四つしかない。一つずつ手放してみると、そのたびに名前のついた対象が現れる。擬距離では点が区別できなくなり、準距離では往復が別の量になり、半距離では最短路という言葉が意味を失う。強めても幾何は変わる。$2$ 進距離では三角形が一つ残らず二等辺である。そして、落とさずに向きだけ変えたものがある。ローレンツ間隔では $|AC|\ge|AB|+|BC|$ であり、寄り道するほど短くなる。留まった双子は $10$、折り返した双子は $6$、逆説はどこにもなく、三角不等式の向きが逆なだけである。最後に、公理を全部満たしても距離は一つに決まらない。球面の弦と大円はどちらも本物の距離で、比は $\pi/2$ まで開く。どちらを使うかは定理ではなく宣言である。記号 $d(x,y)$ は、四つの公理のどれをどう扱っているかを何も書いていない。論文233 の $f’$ と同じで、柵は記法の外にある。

参考文献

  1. Fréchet, M. (1906). Sur quelques points du calcul fonctionnel. Rendiconti del Circolo Matematico di Palermo, 22.
  2. Hausdorff, F. (1914). Grundzüge der Mengenlehre. Leipzig: Veit und Comp.
  3. Hensel, K. (1897). Über eine neue Begründung der Theorie der algebraischen Zahlen. Jahresbericht der Deutschen Mathematiker-Vereinigung, 6.
  4. Ostrowski, A. (1916). Über einige Lösungen der Funktionalgleichung. Acta Mathematica, 41.
  5. Wilson, W. A. (1931). On quasi-metric spaces. American Journal of Mathematics, 53.
  6. Minkowski, H. (1909). Raum und Zeit. Physikalische Zeitschrift, 10.
  7. Hawking, S. W., Ellis, G. F. R. (1973). The Large Scale Structure of Space-Time. Cambridge: Cambridge University Press.
  8. 山岸勇輝 (2026). 道具の空間にも計量がある [論文121]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22038594
  9. 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張であり、四つを一つに束ねているのは計量が正定値であることである [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
  10. 山岸勇輝 (2026). 距離だけを守れと言うと、直線性まで守ってしまう [論文217]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22119628
  11. 山岸勇輝 (2026). 一つの球から、同じ大きさの球が二つできる [論文225]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120991
  12. 山岸勇輝 (2026). 証明を落とした本から学ぶと、等号の身分も一緒に落ちる [論文232]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22127528

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「距離」は六つあり、そのうち一つは三角不等式を逆に満たす」[論文234]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22128226

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「距離」は六つあり、そのうち一つは三角不等式を逆に満たす [論文234]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/234 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22128226

Yamagishi, Y. (2026). “Distance” Is Six Things, and One of Them Satisfies the Triangle Inequality Backwards [Paper 234]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/234; DOI: 10.5281/zenodo.22128226

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