【論文241】足し算にできるかを問う前に、二項演算があるかを問わねばならない

要旨

論文228 は「その『+』は座標を変えれば本当の足し算になるか」を問い、直せない場合をちょうど一つ見つけた。交換しないことである。本稿はその手前を問う。全体の値は、そもそも部分の値の関数になっているか。なっていなければ、直すべき二項演算が存在しない。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、速度は部分の関数である。$v_1=v_2=0.9$ で合成は $0.994475138121547$、ラピディティの和からも同じ値が出る。だから論文228 は座標を変えて直せた(第2節)。

第二に、質量は違う。光子二個の系は、部品がどの行でも質量 $0$ と $0$ でありながら、全体は $0\to1.0E\to1.41421356237E\to2.0E$ と動く(第3節)。

第三に、温度も違う。$300$ K と $400$ K を混ぜると、二つの温度は毎回同じのに結果は $350\to375\to325\to399$ K になる(第4節)。

第四に、これが本稿の芯である。量子エントロピーでは、部分が全体を何も制約しない。$S(A)=S(B)=1.000000000$ ビットのまま、$S(AB)$ は $\mathbf{0.000000000}$ にも $\mathbf{2.000000000}$ にもなる。これは二量子ビットが取りうる範囲の両端である(第5節)。

第五に、論文118 の三つの時計のうち、落ちるのは一つだけである。座標時間 $dt$ は部分の関数であり、$dS$ だけが量子で落ちる(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。相対論的速度合成、不変質量の定義、示量量と示強量の区別、フォン・ノイマンエントロピーがもつれた系で劣加法的であることは、いずれも標準的である。測定値を引かない。本稿の数はすべて定義から計算したものである。もつれの理論を作らない。第5節は二つの状態を並べるだけで、もつれの尺度も分類も扱わない。熱力学を論じない。第4節は熱容量による重み付き平均という定義だけを使う。非可換の場合を扱わない。それは論文228 の芯であり、本稿は下段に立ち入らない。「部分から全体が決まらない」ことに意味づけをしない。全体論も創発も主張しない。示すのは写像が関数でないという形式的事実だけである。既刊との関係:論文228 は「座標を変えれば足し算になるか」を問い、直せない唯一の場合として非可換性を挙げた。本稿はその一段上を問い、228 が下段に住んでいると位置づける。論文162 は「全体のほうが部分より知られていないことがある」と示した。第5節はその事実を、部分からの写像が壊れる形で読み直したものである。論文240 は不変質量が足し算でないことを示した。本稿はなぜ直せないのかを、二段の上のほうで答える。論文118 は $dt$・$d\tau$・$dS$ を三つの論理型として分けた。第6節はそのうちどれが落ちるかを言う。加えたのは問いが二段であることを明示したこと、速度・質量・温度・エントロピーを同一の基準で並べたこと、もつれた対と独立な対が同一の周辺エントロピーを持つことを数で示したこと、三つの時計のうち落ちるのが一つだけだと確かめたことである。

1. 記法と位置づけ

設定:系 $A$ と系 $B$ を合わせて $AB$ とする。量 $Q$ について、次の二段の問いを立てる。

  1. 第一段:$Q(AB)$ は $\big(Q(A),\,Q(B)\big)$ の関数か。
  2. 第二段(第一段が「はい」のときだけ):その関数は、座標を取り替えれば足し算になるか。

論文228 は第二段だけを扱っていた。「+」を八つ数え、七つは座標を変えれば本当の足し算になり、直せないのはちょうど一つ、交換しないことであると示した。

ところが第一段で落ちる量がある。そこでは直すべき二項演算が存在しない。壊れた足し算ですらない。本稿はその点呼である。

意味づけはしない。「部分から全体が決まらない」は形式的な事実であり、本稿はそこから全体論も創発も引き出さない。

2. 対比:速度は部分の関数である

検算 2.1:相対論的合成 $v_1\oplus v_2=(v_1+v_2)/(1+v_1v_2)$ を、ラピディティの和と突き合わせる($c=1$)。

$v_1$ $v_2$ $v_1\oplus v_2$ $\tanh(\mathrm{artanh}\,v_1+\mathrm{artanh}\,v_2)$
$0.5$ $0.5$ $0.8$ $0.8$
$0.9$ $0.9$ $0.994475138121547$ $0.994475138121547$
$0.99$ $0.5$ $0.996655518394649$ $0.996655518394649$

観察 2.2 二つの部分を与えれば、全体は一意に決まる。つまり二項演算が存在する。だから論文228 は座標を移して足し算に直せた。「速度の足し算が壊れている」という言い方は誤りであり、壊れていたのは座標のほうであった。

3. 質量:同じ部分から、違う全体

検算 3.1:エネルギー $E$ の光子二個が角 $\theta$ をなす系の不変質量を測る。

$\theta$(度) 部品1の質量 部品2の質量 全体の質量
$0$ $0$ $0$ $0$
$60$ $0$ $0$ $1.0E$
$90$ $0$ $0$ $1.41421356237E$
$180$ $\mathbf{0}$ $\mathbf{0}$ $\mathbf{2.0E}$

観察 3.2 部品はどの行でも完全に同じである。全体は違う。したがって $(m_1,m_2)\mapsto M$ は関数ではない。

観察 3.3 ここが論文240 への答である。論文240 は「不変質量は足し算ではない」と示した。本稿が足すのは、座標を変えても直らない理由である。直す対象が無い。どんな変換 $f$ を持ってきても、$f(M)$ が $f(m_1)$ と $f(m_2)$ で決まることはない。$M$ が $m_1,m_2$ の関数でないからである。

4. 温度:同じ二つの温度から、違う結果

検算 4.1:熱容量 $C_1,C_2$ の物体を $300$ K と $400$ K で混ぜる。$T=(C_1T_1+C_2T_2)/(C_1+C_2)$ である。

$T_1$ $T_2$ $C_1$ $C_2$ 混合後
$300$ $400$ $1$ $1$ $350$
$300$ $400$ $1$ $3$ $375$
$300$ $400$ $3$ $1$ $325$
$300$ $400$ $1$ $99$ $\mathbf{399}$

観察 4.2 二つの温度は毎回まったく同じである。結果は $325$ から $399$ まで動く。温度は示強量であり、部分の温度だけからは全体の温度が決まらない。決めているのは熱容量という、温度でない量である。

5. 芯:部分が全体を、何も制約しない

検算 5.1:二量子ビットの状態を二つ取り、フォン・ノイマンエントロピー(単位はビット)を測る。

状態 $S(A)$ $S(B)$ $S(AB)$
ベル状態(純粋・最大もつれ) $1.000000000$ $1.000000000$ $\mathbf{0.000000000}$
独立な最大混合二つ $1.000000000$ $1.000000000$ $\mathbf{2.000000000}$

観察 5.2 部分はビット単位でぴったり同じである。全体は $0$ と $2$、そして $0$ と $2$ は、二量子ビットの $S(AB)$ が取りうる範囲の両端である。つまり部分は全体を決めないどころか、何も制約していない。

観察 5.3 論文162 は「全体のほうが、部分より知られていないことがある」と書いた。本稿はそれを写像の側から読み直している。同じ事実であり、立っている場所が違う。

観察 5.4 ここから全体論も創発も引き出さない。示したのは$(S(A),S(B))\mapsto S(AB)$ が関数でないという形式的事実だけである。意味づけは、この事実の外側にある。

6. 三つの時計のうち、落ちるのは一つ

論文118 は $dt$・$d\tau$・$dS$ を三つの異なる論理型として分けた。第一段の問いを当てる。

時計 部分の関数か 備考
座標時間 $dt$ はい 座標の差であり、素直に足せる
固有時 $d\tau$ はい(径路を与えれば) ただし端点だけでは決まらない(論文234)
エントロピー $dS$ 古典では はい 量子では いいえ(第5節)

観察 6.1 三つのうち、第一段で落ちるのは$dS$ だけであり、しかも量子の場合だけである。固有時が落ちるのは別の理由であり、端点が経路を決めないことである。論文234 の逆向きの三角不等式が、その現れであった。

観察 6.2 したがって「三つの時計」は、三つとも別の理由で違う。一つは素直に足せ、一つは経路に依存し、一つは部分が全体を制約しない。

7. 分離子と柵

観察 7.1 (二段の点呼) 

量 第一段:部分の関数か 第二段:座標で足し算にできるか
速度 はい はい(ラピディティ、論文228)
並列抵抗 はい はい(コンダクタンス、論文228)
非可換な作用素 はい いいえ(論文228 の芯)
不変質量 いいえ 問う前に落ちる
温度 いいえ 同上
量子エントロピー いいえ 同上

観察 7.2 (分離子) 第一段を分けているのは全体が部分の値だけで決まるかである。決めているものが別の量(角度・熱容量・もつれ)であれば、その量が写像の外にいる。そして記号は、外にいる量を書いていない。

観察 7.3 (柵) 「$Q$ は足し算にならない」という文には、二つの別の意味がある。一つは演算はあるが $+$ ではない(速度・並列抵抗、これは座標で直る)。もう一つは演算が無い(質量・温度・量子エントロピー、これは直らない)。両者を混ぜると、直る問題を直らないと言い、直らない問題を直そうとすることになる。

観察 7.4 論文196 は「単位が同じことは何も保証しない」と書いた。本稿はその隣である。同じ量を二つ持っていることも、何も保証しない。

8. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 速度は部分の関数(検算2.1):合成とラピディティの和が $0.994475138121547$ で一致。
  2. 質量は違う(検算3.1):部品 $0$ と $0$ のまま、全体は $0$ から $2.0E$。
  3. 温度も違う(検算4.1):$300$ と $400$ のまま、結果は $325$ から $399$。
  4. エントロピーでは部分が何も制約しない(検算5.1):$S(A)=S(B)=1$ のまま、$S(AB)$ は $0$ と $2$。
  5. 三つの時計のうち、第一段で落ちるのは $dS$ だけ(観察6.1)。

結び:論文228 は「その『+』は座標を変えれば本当の足し算になるか」を問い、直せない場合をちょうど一つ見つけた。本稿が示したのは、その問いに入る前に落ちる量があることである。光子二個はどちらも質量ゼロのまま、全体の質量を $0$ から $2E$ まで動かす。$300$ K と $400$ K はそのままで、混ぜた結果を $325$ から $399$ まで動かす。そして$1$ ビットと $1$ ビットは、全体を $0$ にも $2$ にもする。取りうる範囲の両端である。これらは壊れた足し算ではない。足し算にする対象が無いのである。「$Q$ は足し算にならない」と書くとき、どちらの意味かを言わねばならない。一方は座標で直り、他方は直らない。最後に、意味づけはしない。示したのは写像が関数でないという形式的事実だけであり、全体論も創発も、この事実の外側にある。

参考文献

  1. Einstein, A. (1905). Zur Elektrodynamik bewegter Körper. Annalen der Physik, 17.
  2. von Neumann, J. (1932). Mathematische Grundlagen der Quantenmechanik. Berlin: Springer.
  3. Araki, H., Lieb, E. H. (1970). Entropy inequalities. Communications in Mathematical Physics, 18.
  4. Nielsen, M. A., Chuang, I. L. (2000). Quantum Computation and Quantum Information. Cambridge: Cambridge University Press.
  5. Callen, H. B. (1985). Thermodynamics and an Introduction to Thermostatistics, 2nd edition. New York: Wiley.
  6. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  7. 山岸勇輝 (2026). 二つの時計と、一枚の目盛り [論文118]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22036237
  8. 山岸勇輝 (2026). 全体のほうが、部分より知られていないことがある [論文162]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092568
  9. 山岸勇輝 (2026). 「圧力」は四つの別の量であり、単位が同じことは何も保証しない [論文196]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107518
  10. 山岸勇輝 (2026). 「+」は八つあり、そのうち七つは座標を変えれば本当の足し算になる [論文228]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126254
  11. 山岸勇輝 (2026). 「距離」は六つあり、そのうち一つは三角不等式を逆に満たす [論文234]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22128226
  12. 山岸勇輝 (2026). 「質量」は七つあり、そのうち一つは負になり、一つは押す向きで変わる [論文240]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22129765

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「足し算にできるかを問う前に、二項演算があるかを問わねばならない」[論文241]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22130189

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 足し算にできるかを問う前に、二項演算があるかを問わねばならない [論文241]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/241 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22130189

Yamagishi, Y. (2026). Before Asking Whether It Can Be Made into Addition, Ask Whether There Is a Binary Operation at All [Paper 241]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/241; DOI: 10.5281/zenodo.22130189

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