【論文277】残響時間の 0.161 の中に、立体角が隠れている

要旨

セービンの式 $T_{60}=0.161 V/(S\alpha)$ は、音響学のどの教科書にも出てくる。本稿が問うのは、その $0.161$ はどこから来たのかである。答は、立体角である。平均自由行程 $4V/S$ の $4$ は、$4\pi$ を $\pi$ で割った数であった。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、$0.161$ を分解する。$60$ dB 落ちるのに要る反射回数は $6\ln10/\alpha$、一回あたりの時間は $4V/(cS)$、掛けると $24\ln10\cdot V/(cS\alpha)$ になる(第2節)。

第二に、$24\ln10=\mathbf{55.262042}$ である。これを音速 $343$ で割ると $\mathbf{0.161114}$、教科書の $0.161$ はこの数である(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。$4V/S$ の $\mathbf{4}$ は、全立体角 $4\pi$ を、$\cos$ を掛けて半球で積分した $\pi$ で割った数である。数値積分で $\mathbf{4.0000000000}$ が出る(第3節)。

第四に、同じ $4$ が気体分子運動論にも立つ。壁への衝突率 $nv/4$ の $4$ と同じものである(第3節)。

第五に、$4$ を消すと式が壊れる。$10\times8\times3$ m の部屋で $T_{60}$ が $\mathbf{0.7214}$ 秒から $0.1804$ 秒になる。$4$ 倍ずれる(第4節)。

第六に、$0.161$ は定数ではない。$0^\circ$C なら $\mathbf{0.166804}$、$40^\circ$C なら $\mathbf{0.155712}$、音速が入っているからである(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。セービンの残響式、コーシーの平均弦長の公式(凸体で $4V/S$)、気体分子運動論の $nv/4$ は、いずれも標準的である。音響学を作らない。使うのは一つの立体角の積分と、一つの掛け算だけである。セービンの式を導出しない。拡散音場の仮定(音が全方向から等しく来る)を前提として受け取る。実際の部屋でそれが成り立つかは扱わない。コーシーの公式を証明しない。凸体の平均弦長が $4V/S$ であることは引くだけである。吸音率の値を主張しない。$\alpha$ はすべて置いた値であり、材料の測定値ではない。アイリングの式を扱わない。$\alpha$ が大きい部屋ではセービンの式が外れ、アイリングの式が使われる。本稿はセービンの式の中身だけを見る。室形状の影響を扱わない。凸体を仮定しており、凹んだ部屋や連成した部屋は扱わない。$4\pi$ を発見だと言わない。論文02 が逆二乗場の $4\pi$ を、論文258 がその条件を、論文265 が状態密度の $4\pi$ を扱った。本稿はその族に一つ足すだけである。既刊との関係:論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。本稿は$4\pi$ が「割られる側」として現れる場合を書く。論文258 は $4\pi$ が出る条件を点源・三次元・等方の三つに書き出した。本稿の $4$ は等方だけを使い、点源も逆二乗も使っていない。論文265 は状態密度の中の $4\pi$ を見た。同じ族の三本目である。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿の $6\ln10$ も$60$ dB という対数の目盛りから来ている。加えたのは$0.161$ を $24\ln10/c$ に分解したこと、$4V/S$ の $4$ を立体角の比 $4\pi/\pi$ として数値積分で $4.0000000000$ と確かめたこと、気体分子運動論の $nv/4$ と同根だと書いたこと、$0.161$ が温度で $0.1668$ から $0.1557$ まで動くと出したことである。

1. 記法と位置づけ

設定:部屋の体積を $V$、表面積を $S$、平均吸音率を $\alpha$ とする。音を止めてから音圧レベルが $60$ dB 下がるまでの時間を残響時間 $T_{60}$ という。

セービンの式:

$$T_{60} = 0.161\,\frac{V}{S\alpha}$$

問い:この $0.161$ はどこから来たのか。

答は、立体角である。正確には、$60$ dB という対数の目盛りと、音速と、立体角の比の三つが掛かっている。

注意:本稿は拡散音場(音が全方向から等しく来る)を前提とする。実際の部屋でそれが成り立つかは扱わない。

2. $0.161$ を分解する

設定:音は壁で反射するたびに、割合 $\alpha$ だけ吸われる。$n$ 回反射すると強さは $(1-\alpha)^n$ になる。

検算 2.1:$60$ dB は強さで $10^{-6}$ である。$\alpha$ が小さいとき $(1-\alpha)^n\approx e^{-\alpha n}$ なので、$e^{-\alpha n}=10^{-6}$ から $n=6\ln10/\alpha$ を得る。

吸音率 $\alpha$ $60$ dB 落ちるのに要る反射回数
$0.1$ $138.16$
$0.2$ $\mathbf{69.08}$
$0.5$ $27.63$

検算 2.2:一回の反射に要る時間は、平均自由行程を音速で割ったものである。凸な部屋では平均自由行程が $4V/S$ になる(コーシーの公式)ので、一回あたり $4V/(cS)$ 秒である。

検算 2.3:二つを掛ける。

量 値
$T_{60}=\dfrac{6\ln10}{\alpha}\cdot\dfrac{4V}{cS}=\dfrac{24\ln10 V}{cS\alpha}$ 、
$24\ln10$ $\mathbf{55.262042}$
$24\ln10/343$ $\mathbf{0.161114}$

観察 2.4 教科書の $0.161$ が出た。中身は三つの因子である。$60$ dB から来る $6\ln10$、平均自由行程から来る $4$、そして音速 $c$。

3. 芯:$4$ は立体角の比である

観察 3.1 $4V/S$ の $4$ は、どこから来たのか。等方に飛ぶ粒子が壁に当たる率を数えると出てくる。壁の法線と進行方向のなす角の $\cos$ を、半球にわたって立体角で積分するのである。

検算 3.2:二つの立体角を数値積分で比べる。

量 値
半球にわたる $\displaystyle\int\cos\theta d\Omega$ $\mathbf{3.1415926536}$($=\pi$)
全立体角 $4\pi$ $\mathbf{12.5663706144}$
比 $4\pi/\pi$ $\mathbf{4.0000000000}$

観察 3.3 $4V/S$ の $\mathbf{4}$ は、全立体角を、$\cos$ を掛けた半球の立体角で割った数であった。$4\pi$ を $\pi$ で割ると、ちょうど $4$ になる。偶然の $4$ ではなく、立体角の比である。

観察 3.4 同じ $4$ が、気体分子運動論にも立っている。壁への衝突率 $nv/4$ の $4$ である。同じ積分から出た同じ数であり、別根ではない。

観察 3.5 論文258 は $4\pi$ が出る条件を点源・三次元・等方の三つに書き出した。本稿の $4$ は等方だけを使っている。点源も、逆二乗の法則も、一つも使っていない。同じ $4\pi$ が、別の条件の下で別の形で現れている。

観察 3.6 分離子、何を動かすと $4$ が変わるか。等方性である。音が特定の方向から偏って来るなら、$\cos$ の平均が変わり、$4$ も変わる。

4. $4$ を消すと、式が壊れる

検算 4.1:$10\times8\times3$ m の部屋($V=240 \mathrm{m^3}$、$S=268 \mathrm{m^2}$)で計算する。

量 値
平均自由行程 $4V/S$ $\mathbf{3.5821}$ m
毎秒の反射回数 $c/(4V/S)$ $\mathbf{95.75}$ 回
$T_{60}$($\alpha=0.2$) $\mathbf{0.7214}$ 秒
$4$ を消した場合の $T_{60}$ $0.1804$ 秒
比 $\mathbf{4.0000}$

観察 4.2 $4$ を落とすと、残響時間が $\mathbf{4}$ 分の $1$ になる。$0.72$ 秒(会議室として自然な値)が $0.18$ 秒(無響室に近い値)になってしまう。聞けば分かるほど違う。

検算 4.3:吸音率を変えて並べる。

$\alpha$ 反射回数 $T_{60}$
$0.1$ $138.16$ $1.4428$ 秒
$0.2$ $69.08$ $\mathbf{0.7214}$ 秒
$0.5$ $27.63$ $0.2886$ 秒

観察 4.4 吸音率を $5$ 倍にすると残響時間が $5$ 分の $1$ になる。反比例である。立体角の $4$ は、この比例関係の前係数にだけ入っている。

5. $0.161$ は定数ではない

検算 5.1:係数 $24\ln10/c$ の中には音速が入っている。音速は温度で変わる。

温度 音速 $c$ 係数 $24\ln10/c$
$0^\circ$C $331.3$ m/s $\mathbf{0.166804}$
$20^\circ$C $343.0$ m/s $\mathbf{0.161114}$
$40^\circ$C $354.9$ m/s $\mathbf{0.155712}$

観察 5.2 $0^\circ$C と $40^\circ$C で $\mathbf{7.1\%}$ 違う。「$0.161$」という書き方は、$20^\circ$C を暗黙に仮定している。定数のように見えるが、条件つきの数である。

観察 5.3 分けて書けば、動く部分と動かない部分が見える。

因子 値 動くか
$6\ln10$($60$ dB から) $13.8155$ 動かない(定義)
$4$(立体角の比) $4.0000$ 動かない(幾何)
$1/c$(音速) $1/343$ 動く(温度で)

観察 5.4 三つのうち二つは動かず、一つだけが動く。$0.161$ という一つの数の中に、規約($60$ dB)・幾何(立体角)・物性(音速)の三つが畳み込まれている。畳んだままでは、どれが動くのか分からない。

6. 点呼と結び

  1. 反射回数は $6\ln10/\alpha$(検算2.1):$\alpha=0.2$ で $69.08$ 回。
  2. 一回の時間は $4V/(cS)$(検算2.2):コーシーの公式。
  3. $24\ln10=55.262042$(検算2.3):$343$ で割って $0.161114$。
  4. 半球の $\int\cos\theta d\Omega=\pi$(検算3.2):全立体角は $4\pi$。
  5. 比は $4.0000000000$(観察3.3):$4$ は立体角の比である。
  6. $nv/4$ と同根(観察3.4):同じ積分から出た同じ数。
  7. $4$ を消すと $4$ 分の $1$(検算4.1):$0.7214$ 秒が $0.1804$ 秒に。
  8. $0.161$ は温度で動く(検算5.1):$0.1668$ から $0.1557$、$7.1\%$。
  9. 三つが畳み込まれている(観察5.3):規約・幾何・物性。

結び:セービンの式の $0.161$ は、一つの数ではなかった。$60$ dB という規約から来る $6\ln10$、幾何から来る $4$、そして物性である音速の三つが畳み込まれている。そして真ん中の $\mathbf{4}$ は、全立体角 $4\pi$ を、$\cos$ を掛けて半球で積分した $\pi$ で割った数であった。数値積分で $\mathbf{4.0000000000}$ が出る。同じ $4$ が気体分子運動論の $nv/4$ にも立っており、別根ではない。$4$ を落とせば残響時間は $4$ 分の $1$ になり、$0.72$ 秒の会議室が $0.18$ 秒の無響室になってしまう。そして $0.161$ は定数ではない。$0^\circ$C なら $0.1668$、$40^\circ$C なら $0.1557$ である。分けるものは一つ、畳み込まれた数を、因子に分けて書き出すこと。書き出せば、規約と幾何と物性が分かれ、どれが動くかが見える。書き出さなければ、$0.161$ を測って決まった一つの定数だと読んでしまう。

参考文献

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  4. Kinsler, L. E., Frey, A. R., Coppens, A. B. and Sanders, J. V. (2000). Fundamentals of Acoustics, 4th edition. New York: Wiley.
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  7. 山岸勇輝 (2026). 4$\pi$質量相殺定理 [論文02]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21403931
  8. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  9. 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ が出るのは、源が点のときだけである [論文258]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169011
  10. 山岸勇輝 (2026). 低温比熱で二つの模型を分けたのは、量子化ではなく状態密度である [論文265]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169749

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「残響時間の 0.161 の中に、立体角が隠れている」[論文277]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22170180

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 残響時間の 0.161 の中に、立体角が隠れている [論文277]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/277 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22170180

Yamagishi, Y. (2026). A Solid Angle Is Hidden inside the 0.161 of the Reverberation Time [Paper 277]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/277; DOI: 10.5281/zenodo.22170180

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