【論文292】足せるのは対数だけである

要旨

「収益率」は足し算できる量に見える。本稿が問うのは、どの書き方なら足せるかである。答は、対数収益率だけである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、最小の例で確かめる。$+50\%$ のあと $-50\%$ は、単純収益率の和では $0\%$ だが、実際は $\mathbf{-25\%}$ である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。対数収益率の和 $\ln1.5+\ln0.5=-0.287682$ を指数に戻すと $0.750000$、実測との差は $\mathbf{0}$ である(第2節)。

第三に、「平均」が三つの別の操作を指す。算術平均 $0\%$、幾何平均 $\mathbf{-13.3975\%}$、対数平均の指数 $-13.3975\%$(第3節)。

第四に、差は $\sigma^2/2$ で近似できる。$\pm50\%$ では $12.5\%$ 対 $13.3975\%$ で $7.18\%$ の誤差だが、$\pm1\%$ では比が $\mathbf{1.000025}$ になる(第4節)。

第五に、長い系列で効く。$\pm10\%$ を $50$ 回ずつで $\mathbf{-39.50\%}$、素朴な和は $0\%$ と答える(第5節)。

第六に、年率換算も足し算ではない。日次 $\sigma=1\%$ は年率 $\mathbf{15.8745\%}$ であり、$252$ 倍では $\mathbf{15.87}$ 倍の過大評価になる(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。単純収益率と対数収益率の関係、幾何平均、ボラティリティ・ドラッグ、$\sqrt{n}$ 則は、いずれも標準的である。金融理論を作らない。使うのは一つの対数と、一つの平方根だけである。価格を予測しない。将来の収益率も、期待値も一切扱わない。与えられた系列の合成規則だけを扱う。裾に入らない。論文190 が重い裾と大偏差を扱った。本稿は分布の形を一切仮定せず、足し算の可否だけを問う。$\sqrt{n}$ 則の前提を隠さない。第6節の $\sqrt{252}$ は各期の独立性を仮定している。相関があれば成り立たない。$\sigma^2/2$ を厳密だと言わない。第4節が示すとおり、$\pm50\%$ では $7.18\%$ ずれる。小さい変動での近似式である。投資助言をしない。どの平均を使うべきかは問いによる。本稿はどれが何を答えるかを分けるだけである。既刊との関係:論文194 は四つの平均が一つの族であり、等号の柵が一つしかないことを示した。あちらは一時点での不等式の構造、本稿は時間方向に合成したとき、どれが正しいかであり、同じ四つの平均を材料にして問いが直交している。論文132 は伊藤の $2$ が次元ではないと示した。本稿の $\sigma^2/2$ はその補正項そのものであり、第4節の収束表がそれを数で見せる。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿も対数に移してはじめて足せる。論文272 は同じ「二倍」が刺激の側で $6.70$ 倍ひらくことを示した。本稿もどの目盛りで足すかの問題である。加えたのは対数の和を指数に戻すと実測との差が $0$ になると確かめたこと、三つの「平均」を数で並べたこと、$\sigma^2/2$ が変動の縮小とともに比 $1.000025$ に収束する表を作ったこと、$\pm10\%$ を $50$ 回ずつで $-39.50\%$ になると計算したことである。

1. 記法と問い

設定:価格が $P_0$ から $P_1$ に動いたとき、二通りの書き方がある。

名前 定義 範囲
単純収益率 $r=P_1/P_0-1$ $[-1,\infty)$
対数収益率 $\ell=\ln(P_1/P_0)$ $(-\infty,\infty)$

問い:二期間つなげたとき、どちらが足せるか。

観察 1.1 価格の合成は掛け算である。$P_2/P_0=(P_1/P_0)(P_2/P_1)$。対数を取れば掛け算は足し算になる。答は式の形にすでに書いてある。本稿はそれを数で確かめる。

2. 芯:対数の和は、差が $0$ になる

検算 2.1:$+50\%$ のあと $-50\%$。

やり方 計算 結果
単純収益率の和 $+0.5000+(-0.5000)$ $0.00\%$ 【間違い】
実際の倍率 $1.5\times0.5$ $0.7500=\mathbf{-25.00\%}$
対数収益率の和 $+0.405465+(-0.693147)$ $-0.287682$
それを指数に戻す $e^{-0.287682}$ $\mathbf{0.750000}$ 【合う】
実測との差 $\mathbf{0}$

観察 2.2 これが本稿の芯である。対数の和を指数に戻すと、実測との差が $\mathbf{0}$(計算機の丸め誤差も出ない)。近いのではなく、同じである。

観察 2.3 単純収益率の和は $25$ パーセントポイント外している。$0\%$ と $-25\%$ の違いは誤差ではなく、演算が違う。掛け算するべきものを足したのである。

観察 2.4 対数収益率が非対称であることに注意する。$+50\%$ は $\ln1.5=+0.405$、$-50\%$ は $\ln0.5=-0.693$、同じ「$50\%$」でも、対数では $1.71$ 倍の違いがある。下げのほうが重いのは、$-100\%$ が $-\infty$ に対応するからである。

3. 「平均」が三つの別の操作を指す

検算 3.1:同じ二期間について、三つの「平均」を計算する。

平均 計算 値
算術平均(単純収益率) $(0.5-0.5)/2$ $\mathbf{0.0000\%}$
幾何平均(実際の成長) $\sqrt{1.5\times0.5}-1$ $\mathbf{-13.3975\%}$
対数収益率の平均 $(-0.287682)/2=-0.143841$
それを指数に戻す $e^{-0.143841}-1$ $\mathbf{-13.3975\%}$
下二つの差 $1.11\times10^{-16}$

観察 3.2 幾何平均と、対数平均を指数に戻したものは同じである。差は $10^{-16}$、すなわち計算機の丸め、幾何平均は対数の算術平均である。

観察 3.3 算術平均だけが $0\%$ と答える。差は $\mathbf{13.3975}$ パーセントポイント、どちらも「平均収益率」と呼ばれる。

観察 3.4 論文194 は四つの平均が一つの族であり、等号の柵が一つしかないことを示した。あちらは一時点での不等式の構造である。本稿は時間方向に合成したとき、どれが正しい答を返すかを問う。同じ四つの平均を材料にして、問いが直交している。

観察 3.5 分離子、どちらが正しいかは問いによる。「次の一期の期待値」を問うなら算術平均、「$n$ 期後にいくらになったか」を問うなら幾何平均である。どちらも正しく、答える問いが違う。

4. 差は $\sigma^2/2$ で近似でき、小さい変動で厳密に近づく

設定:算術平均と幾何平均の差は「ボラティリティ・ドラッグ」と呼ばれ、$\sigma^2/2$ で近似される。

検算 4.1:$\pm50\%$ で確かめる。

量 値
単純収益率の標準偏差 $\sigma$ $0.500000$
$\sigma^2/2$ $0.125000=12.5000\%$
実測のドラッグ(算術 $-$ 幾何) $0.133975=\mathbf{13.3975\%}$
比 $\mathbf{1.0718}$(近似式は $7.18\%$ の誤差)

検算 4.2:変動の大きさを $\pm x$ として、比がどう動くかを見る。

$\pm x$ 実測ドラッグ $\sigma^2/2=x^2/2$ 比
$0.500$ $0.13397460$ $0.12500000$ $1.071797$
$0.200$ $0.02020410$ $0.02000000$ $1.010205$
$0.100$ $0.00501256$ $0.00500000$ $1.002513$
$0.050$ $0.00125078$ $0.00125000$ $1.000626$
$0.020$ $0.00020002$ $0.00020000$ $1.000100$
$\mathbf{0.010}$ $0.00005000$ $0.00005000$ $\mathbf{1.000025}$

観察 4.3 $x$ を $50$ 分の一にすると、比が $1.0718$ から $\mathbf{1.000025}$ になる。$\sigma^2/2$ は小さい変動の極限で厳密になる。これが伊藤の補正項の形である。

観察 4.4 論文132 は伊藤の $2$ が次元ではないと示した。この表はその $2$ が現れる場所を数で見せている。$x^2/2$ の $2$ は、テイラー展開の二次の項から来ており、空間の次元とは関係がない。

観察 4.5 正直に書くべき点、$\pm50\%$ では $\sigma^2/2$ は $7.18\%$ ずれる。暴落を含む系列に使えば系統的に過小評価する。近似式であることを忘れてはいけない。

5. 長い系列で効く

検算 5.1:$+10\%$ と $-10\%$ を $50$ 回ずつ、合計 $100$ 期。

やり方 結果
単純収益率の和 $0\%$ 【間違い】
実際の倍率 $\mathbf{0.60500607}=\mathbf{-39.4994\%}$
対数の和 $50(\ln1.1+\ln0.9)$ $-0.50251679$
それを指数に戻す $\mathbf{0.60500607}$ 【合う】
一期あたり幾何平均 $-0.501256\%$
$\sigma^2/2$(一期あたり) $0.500000\%$

観察 5.2 $100$ 期で $\mathbf{-39.50\%}$ である。単純収益率の和は $0\%$ と答える。損失の $39.5$ パーセントポイントが、丸ごと見えなくなる。

観察 5.3 一期あたりの幾何平均 $-0.501256\%$ が、$\sigma^2/2=0.500000\%$ と三桁一致している。$\pm10\%$ は小さいので近似がよく効く。第4節の表が予言したとおりである。

観察 5.4 そしてこの $-39.5\%$ は、上がりと下がりが同じ回数起きた結果である。「五分五分なら差し引きゼロ」という直観が、$39.5$ パーセントポイント外している。変動そのものが費用である。

6. 年率換算も、足し算ではない

設定:各期が独立なら、分散が足し算になる。したがって標準偏差は $\sqrt{n}$ 倍である。

検算 6.1:日次 $\sigma=1\%$ から。

期間 営業日 $n$ $\sigma\sqrt{n}$
週 $5$ $2.2361\%$
月 $21$ $4.5826\%$
年 $252$ $\mathbf{15.8745\%}$

観察 6.2 年率は $\mathbf{15.8745\%}$ であって、$252\%$ ではない。素朴に $252$ 倍すると $252\%$ となり、$\mathbf{15.8745}$ 倍の過大評価になる。$252/\sqrt{252}=\sqrt{252}$ だからである。

観察 6.3 ここでも「足せるのは何か」が問題である。足せるのは分散であって、標準偏差ではない。収益率では対数が足せ、ばらつきでは分散が足せる。

観察 6.4 正直に書くべき点、$\sqrt{n}$ 則は各期の独立性を仮定している。相関があれば成り立たない。独立性は前提であって、観測された事実ではない。

観察 6.5 分離子、何を動かすと足せるようになるか。目盛りである。

量 合成の規則 足せる書き方
収益率 掛け算 対数
ばらつき 二乗の和 分散

観察 6.6 どちらも「元の量そのものは足せない」。足せる目盛りに移してから足し、最後に戻す。論文190 が「稀」を対数で測ったのと同じ手続きである。

7. 点呼と結び

  1. $+50\%$ と $-50\%$ で $-25\%$(検算2.1):単純和は $0\%$。
  2. 対数の和は差が $0$(検算2.1):丸め誤差も出ない。
  3. $\ln1.5$ と $\ln0.5$ で $1.71$ 倍(観察2.4):下げのほうが重い。
  4. 幾何平均 $-13.3975\%$(検算3.1):算術平均は $0\%$。
  5. 幾何 $=$ 対数平均の指数(観察3.2):差 $1.11\times10^{-16}$。
  6. $\pm50\%$ で $\sigma^2/2$ は $7.18\%$ ずれる(検算4.1):近似式。
  7. $\pm1\%$ で比 $1.000025$(検算4.2):伊藤の補正項の形。
  8. $100$ 期で $-39.4994\%$(検算5.1):和は $0\%$ と答える。
  9. 一期あたり $-0.501256\%$(検算5.1):$\sigma^2/2=0.5\%$ と三桁一致。
  10. 年率 $15.8745\%$(検算6.1):$252$ 倍は $15.87$ 倍の過大評価。

結び:収益率は足せない。足せるのは対数だけである。$+50\%$ のあと $-50\%$ は、単純収益率の和では $0\%$ だが実際は $\mathbf{-25\%}$であり、対数の和 $-0.287682$ を指数に戻すと $0.750000$ で、実測との差は $\mathbf{0}$ になる。「平均」という一語も三つの操作を指す。算術平均 $0\%$、幾何平均 $\mathbf{-13.3975\%}$、そして幾何平均は対数の算術平均に他ならない(差 $10^{-16}$)。その差は $\sigma^2/2$ で近似でき、変動を $\pm50\%$ から $\pm1\%$ に縮めると比が $1.0718$ から $\mathbf{1.000025}$ になる。伊藤の補正項の形が、数の上に現れる。そして長い系列で効く。$\pm10\%$ を $50$ 回ずつ、上げと下げが同じ回数なのに $\mathbf{-39.4994\%}$ であり、単純な和は $0\%$ と答える。分けるものは一つ、その量の合成が掛け算か、足し算か。掛け算なら対数に移してから足す。ばらつきなら分散に移してから足す。移さずに足したものは、収益率でも平均でもない。

参考文献

  1. Ito, K. (1951). On Stochastic Differential Equations. Memoirs of the American Mathematical Society, 4.
  2. Fernholz, R. and Shay, B. (1982). Stochastic Portfolio Theory and Stock Market Equilibrium. The Journal of Finance, 37(2).
  3. Campbell, J. Y., Lo, A. W. and MacKinlay, A. C. (1997). The Econometrics of Financial Markets. Princeton: Princeton University Press.
  4. Hull, J. C. (2018). Options, Futures, and Other Derivatives. New York: Pearson.
  5. Kelly, J. L. (1956). A New Interpretation of Information Rate. Bell System Technical Journal, 35(4).
  6. 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358
  7. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  8. 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
  9. 山岸勇輝 (2026). 同じ「2 倍に感じる」が、刺激の側では 6.70 倍ひらく [論文272]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169965

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「足せるのは対数だけである」[論文292]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171519

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 足せるのは対数だけである [論文292]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/292 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171519

Yamagishi, Y. (2026). Only the Logarithm Adds [Paper 292]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/292; DOI: 10.5281/zenodo.22171519

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