要旨
「適応度が高い」という一文は、四つの別の量のどれかを指している。本稿が問うのは、その四つは同じ振舞いをするかである。答は、一つだけが集団に依存するである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、四つある。絶対適応度 $W$、相対適応度 $w$、マルサス係数 $m$、包括適応度である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。同じ個体の $W$ が $2.0$、$m$ が $+0.693147$ のまま変わらないのに、$w$ だけが $1.3333$ から $0.8000$ へ落ちる(第3節)。
第三に、符号まで変わる。$w=1$ を境に有利・不利が決まるので、同じ個体が有利から不利になる(第3節)。
第四に、世代をまたぐと足せるのは対数だけである。$W$ の算術平均は $1.25$ だが、実際の $4$ 世代後は $\mathbf{1.000000}$ 倍である(第4節)。
第五に、包括適応度は数える対象が違う。ハミルトン則で、兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人がどちらも $1.0$になる(第5節)。
第六に、分離子は「何で割ったか」である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。絶対適応度、相対適応度、マルサス係数、包括適応度、ハミルトン則は、いずれも標準的である。進化生物学を作らない。使うのは一つの割り算と、一つの対数だけである。適応度を測らない。実際の生物で $W$ をどう推定するかは一切扱わない。定義の間の関係だけを扱う。自然選択の理論を論じない。プライス方程式にも、集団遺伝学の動態にも立ち入らない。数値は作った例である。第3節の $W=2.0$、$1.0$、$3.0$ は構造を見せるために置いた数であり、実測ではない。ハミルトン則の適用を主張しない。血縁度 $r$ の定義にも、包括適応度の測り方にも議論がある。本稿は $rB>C$ という不等式の形だけを使う。人間に当てはめない。行動の説明としては使わない。定義の点呼である。既刊との関係:論文292 は足せるのは対数だけだと示した。本稿のマルサス係数はまさにその対数であり、別の分野に同じ構造が立っている。論文240 は「質量」が七つあり、一つは押す向きで変わると数えた。本稿の「適応度」は四つあり、一つは周りで変わる。論文112 は「同じ韻を踏む六つの別根」を数えた。本稿も一語の下の複数である。論文194 は四つの平均が一つの族だと示した。本稿の第4節はその族のどれを使うかで答が変わる場合である。加えたのは四つを「集団に依存するか」で分けたこと、同じ個体の $w$ が $1.3333$ から $0.8000$ へ落ち符号が変わると計算したこと、$W$ の算術平均 $1.25$ に対し実際が $1.000000$ 倍だと示したこと、ハミルトン則で兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人が同じ $1.0$ になると確かめたことである。
1. 四つの「適応度」
検算 1.1:
| 名前 | 定義 | 単位 | 集団に依存するか |
|---|---|---|---|
| 絶対適応度 $W$ | 個体あたりの次世代個体数 | 個体数 | しない |
| 相対適応度 $w$ | $w=W/\bar W$ | 無次元 | する |
| マルサス係数 $m$ | $m=\ln W$ | $1/$時間 | しない |
| 包括適応度 | 自分 $+$ 血縁 $\times$ 血縁度 | 個体数 | 誰を数えるかが違う |
観察 1.2 右端の列で、二行目だけが「する」である。そして四行目は質問そのものが違う。同じ「適応度が高い」という一文が、四つを覆っている。
問い:四つの違いは、実際にどれだけの大きさか。
2. 芯:同じ個体が、周りを変えるだけで有利から不利になる
設定:個体「甲」の絶対適応度を $W=2.0$ とする。周りだけを入れ替える。
検算 2.1:
| 集団 | 相手の $W$ | $\bar W$ | 甲の $w=W/\bar W$ | 甲の $m=\ln W$ |
|---|---|---|---|---|
| A | $1.0$ | $1.5000$ | $\mathbf{1.3333}$ | $+0.693147$ |
| B | $3.0$ | $2.5000$ | $\mathbf{0.8000}$ | $+0.693147$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。甲の $W$ は $2.0$ のまま、$m$ も $+0.693147$ のまま、ところが $w$ だけが $\mathbf{0.6000}$ 倍に落ちる。
観察 2.3 甲は何も変わっていない。産む子の数も、生きる長さも同じ、変わったのは周りだけである。
検算 2.4:符号を見る。相対適応度は $w=1$ を境に有利・不利が決まる。
| 集団 | 甲の $w$ | 判定 |
|---|---|---|
| A | $1.3333$ | 有利($w>1$) |
| B | $0.8000$ | 不利($w<1$) |
観察 2.5 同じ個体が、有利から不利へ変わった。「甲は適応度が高い」という文は、集団を言わなければ真偽が決まらない。絶対適応度で言えば決まるのに、相対適応度で言うと決まらない。
観察 2.6 これは欠陥ではない。自然選択が実際に見ているのは相対適応度のほうである。周りより多く残せるかが、頻度を動かす。だからこそ、どちらの意味で言ったかを分けねばならない。
3. 世代をまたぐと、足せるのは対数だけである
設定:ある系統が $4$ 世代にわたって $W=2.0,\ 0.5,\ 2.0,\ 0.5$ を経験する。
検算 3.1:
| やり方 | 結果 |
|---|---|
| $W$ の算術平均 | $1.2500$(増えるように見える) |
| 実際の倍率(積) | $\mathbf{1.000000}$ |
| $m=\ln W$ の和 | $0.000000$ |
| それを指数に戻す | $\mathbf{1.000000}$(合う) |
観察 3.2 $W$ の算術平均は $1.25>1$ なので増えるように見える。実際は $\mathbf{1.000000}$ 倍、すなわち増えていない。論文292 が収益率について示したのと、まったく同じ誤りである。
観察 3.3 マルサス係数 $m=\ln W$ なら足せる。和が $0.000000$、指数に戻して $1.000000$、世代の合成は掛け算だから、対数に移してはじめて足せる。
観察 3.4 したがって $m$ が時間の単位を持つ理由も分かる。$W$ は倍率(無次元)だが、$m=\ln W$ は単位時間あたりの増加率である。足せる量は、率である。
観察 3.5 論文194 は四つの平均が一つの族だと示した。ここではどれを使うかで答が $1.25$ にも $1.000$ にもなる。幾何平均が正しく、算術平均は別の問いに答えている。
4. 包括適応度は、数える対象が違う
設定:ハミルトン則は、血縁度 $r$、利益 $B$、費用 $C$ で $rB>C$ のとき助けが進化するという。
検算 4.1:$B=3.0$、$C=1.0$ として。
| 血縁 | 血縁度 $r$ | $rB$ | $rB>C$ か |
|---|---|---|---|
| 兄弟 | $0.500$ | $1.500$ | はい |
| 甥・姪 | $0.250$ | $0.750$ | いいえ |
| いとこ | $0.125$ | $0.375$ | いいえ |
| 他人 | $0.000$ | $0.000$ | いいえ |
検算 4.2:ホールデンの言葉を検算する。「兄弟 $2$ 人か、いとこ $8$ 人のためなら命を捨てる」。
| 人数 $\times$ 血縁度 | 合計 | |
|---|---|---|
| 兄弟 | $2\times0.5$ | $\mathbf{1.0}$ |
| いとこ | $8\times0.125$ | $\mathbf{1.0}$ |
観察 4.3 どちらもちょうど $1.0$ である。自分一人分と等しい。ホールデンの言葉は、比喩ではなく計算だった。
観察 4.4 包括適応度は、$W$・$w$・$m$ と比べる対象が違う。三つは自分の子だけを数え、包括適応度は血縁の子も血縁度で重みをつけて数える。単位は同じ(個体数)だが、数えている集合が違う。
観察 4.5 正直に書くべき点、血縁度の定義にも、包括適応度の測り方にも議論がある。本稿は$rB>C$ という不等式の形だけを使う。どの定義が正しいかは扱わない。
5. 分離子:何で割ったか
観察 5.1 分離子、四つを分けているのは何か。何で割ったか、そして何を数えたかである。
| 何で割ったか | 何を数えたか | |
|---|---|---|
| 絶対適応度 $W$ | 割っていない | 自分の子 |
| 相対適応度 $w$ | 集団平均 $\bar W$ | 自分の子 |
| マルサス係数 $m$ | 割らず、対数を取った | 自分の子 |
| 包括適応度 | 割っていない | 自分の子 $+$ 血縁の子 |
観察 5.2 集団に依存するのは、集団平均で割ったものだけである。当然に見えるが、当然であることが本稿の要点である。依存は割り算から入っており、生物の性質から入っているのではない。
観察 5.3 論文240 は「質量」が七つあり、一つは押す向きで変わると数えた。本稿の「適応度」は四つあり、一つは周りで変わる。どちらも「その量だけを見ても値が決まらない」場合である。
観察 5.4 そしてどれが正しいかは問いによる。
| 問い | 使うべき量 |
|---|---|
| この個体は何匹残すか | 絶対適応度 $W$ |
| この形質の頻度は増えるか | 相対適応度 $w$ |
| $n$ 世代後に何倍になるか | マルサス係数 $m$(足せる) |
| 助ける行動は進化するか | 包括適応度 |
観察 5.5 四行とも正しい。答える問いが違うだけである。「適応度が高い」とだけ言えば、四つのどれかが分からない。
6. 点呼と結び
- 四つある(検算1.1):集団に依存するのは一つだけ。
- 甲の $W$ は $2.0$ のまま(検算2.1):$m$ も $+0.693147$ のまま。
- $w$ は $1.3333\to0.8000$(検算2.1):$0.6000$ 倍。
- 有利から不利へ(検算2.4):同じ個体が。
- $W$ の算術平均 $1.25$(検算3.1):実際は $1.000000$ 倍。
- $m$ の和は $0.000000$(検算3.1):指数に戻すと合う。
- 兄弟なら $rB=1.500$(検算4.1):いとこは $0.375$。
- 兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人が $1.0$(検算4.2):ホールデンは計算だった。
- 依存は割り算から入る(観察5.2):生物の性質からではない。
- 四つとも正しい(観察5.5):答える問いが違う。
結び:「適応度が高い」という一文は、四つの別の量のどれかを指している。絶対適応度 $W$、相対適応度 $w$、マルサス係数 $m$、包括適応度である。そして一つだけが集団に依存する。ある個体の $W$ が $2.0$、$m$ が $+0.693147$ のまま変わらないのに、周りを入れ替えるだけで $w$ が $\mathbf{1.3333}$ から $\mathbf{0.8000}$ へ落ちる。$w=1$ が境なので、同じ個体が有利から不利になる。その個体は何一つ変わっていない。世代をまたぐとまた別の落とし穴がある。$W$ の算術平均は $1.25$ で増えるように見えるのに、実際の $4$ 世代後は $\mathbf{1.000000}$ 倍である。足せるのは対数(マルサス係数)だけであり、これは論文292 が収益率について示したのと同じ構造である。包括適応度はさらに数える集合が違う。ハミルトン則で、兄弟 $\mathbf{2}$ 人といとこ $\mathbf{8}$ 人がどちらもちょうど $\mathbf{1.0}$ になる。分けるものは一つ、何で割ったか、そして何を数えたか。集団に依存するのは、集団平均で割ったものだけである。依存は割り算から入っており、生物の性質から入っているのではない。
参考文献
- Fisher, R. A. (1930). The Genetical Theory of Natural Selection. Oxford: Clarendon Press.
- Haldane, J. B. S. (1932). The Causes of Evolution. London: Longmans, Green.
- Hamilton, W. D. (1964). The Genetical Evolution of Social Behaviour I, II. Journal of Theoretical Biology, 7(1).
- Price, G. R. (1970). Selection and Covariance. Nature, 227(5257).
- Crow, J. F. and Kimura, M. (1970). An Introduction to Population Genetics Theory. New York: Harper and Row.
- 山岸勇輝 (2026). 割り当てられた領域と、その中の自由、同じ韻を踏む六つの別根のセンサス [論文112]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962834
- 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
- 山岸勇輝 (2026). 「質量」は七つあり、そのうち一つは負になり、一つは押す向きで変わる [論文240]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22129765
- 山岸勇輝 (2026). 足せるのは対数だけである [論文292]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171519
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「適応度」は四つあり、そのうち一つは集団を変えると符号まで変わる」[論文307]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22172235
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「適応度」は四つあり、そのうち一つは集団を変えると符号まで変わる [論文307]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22172235
Yamagishi, Y. (2026). “Fitness” Is Four Quantities, and One of Them Changes Sign When the Population Changes [Paper 307]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307; DOI: 10.5281/zenodo.22172235
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