【論文309】重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない

要旨

液体には $\ell_c=\sqrt{\gamma/\rho g}$ という長さが一つある。本稿が問うのは、この長さは何の寸法かである。答は、どの物体の寸法でもないである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、水では $\mathbf{2.7273}$ mm である。水銀 $1.9116$ mm、エタノール $1.6977$ mm、液体ヘリウム $0.2625$ mm(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。水銀は表面張力が水の $\mathbf{6.6621}$ 倍なのに、毛管長は $\mathbf{0.7009}$ 倍と短い。密度が $13.5611$ 倍だからであり、比の平方根しか効かない(第2節)。

第三に、この長さは境目である。ボンド数 $\mathrm{Bo}=(L/\ell_c)^2$ が ちょうど $1$ になる(第3節)。

第四に、木を登らせているのは毛管ではない。半径 $20 \mu$m の道管で、毛管が上げるのは $\mathbf{0.74}$ m だけである(第4節)。

第五に、肺胞では $\gamma$ を動かすほうが効く。裸の水なら $1456$ Pa、界面活性剤で $\mathbf{500}$ Pa(第5節)。

第六に、分離子は「$\gamma$ が入るかどうか」である。液柱が切れる閾値 $2\pi R$ に $\gamma$ は入らない(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ラプラス圧、ジュランの法則、ボンド数、レイリー=プラトー不安定は、いずれも標準的である。流体力学を作らない。使うのは一つの長さと、一つの平方根だけである。接触角を扱わない。$\cos\theta=1$(完全濡れ)で計算する。実際の接触角、ヒステリシス、粗さの効果は扱わない。動的な現象を扱わない。切れるかどうかは書くが、どれだけ速く切れるかは書かない。植物生理を作らない。凝集力説の当否は扱わない。毛管だけでは足りないという数を出すだけである。肺の生理を作らない。界面活性剤の組成も、実際の肺胞の形も扱わない。ラプラス圧の見積りだけである。代表値に精度を主張しない。$\gamma=0.0728$ N/m、$\rho=998$ kg/m$^3$ は桁を見るための値であり、温度で動く。既刊との関係:論文258 は $4\pi$ が出るのは源が点のときだけだと示し、円柱源の例として毛細血管を扱った。本稿は同じ毛細の場で、立体角ではなく長さを問う。258 が扱ったのは電位、本稿が扱うのは界面であり、共通の量を一つも持たない。論文291 は同じ海に三つの長さがあると示した。本稿の $\ell_c$ は四つ目の長さではなく、二つの力の境目としての長さである。論文306 は基本単位の個数が約束だと示した。$\ell_c$ は約束ではなく、材料の二つの量から出る。論文140 は対称性が比を決め力学が尺度を決めると示した。$\ell_c$ は尺度の側である。加えたのは五つの液体で $\ell_c$ を計算したこと、水銀で表面張力と毛管長の大小が逆転することを示したこと、ボンド数が $(L/\ell_c)^2$ に一致することを確かめたこと、木の高さに毛管が $0.74$ m しか届かないと数えたこと、切れる閾値 $2\pi R$ に $\gamma$ が入らないと指摘したことである。

1. 記法と問い

設定:重力と表面張力が釣り合う長さを作る。

$$\ell_c=\sqrt{\frac{\gamma}{\rho g}}$$

$\gamma$ は表面張力、$\rho$ は密度、$g=9.80665$ m/s$^2$。

観察 1.1 次元を数えると、$[\gamma]=\mathrm{N/m}=\mathrm{kg/s^2}$、$[\rho g]=\mathrm{kg/(m^2s^2)}$。比は $\mathrm{m^2}$ になり、平方根で長さになる。組み合わせは一通りしかない。

問い:この長さは、何の寸法なのか。

2. 五つの液体で数える

検算 2.1:

液体 $\gamma$ [N/m] $\rho$ [kg/m$^3$] $\ell_c$ [mm]
水($20$ °C) $0.0728$ $998$ $\mathbf{2.7273}$
水銀 $0.4850$ $13534$ $\mathbf{1.9116}$
グリセリン $0.0634$ $1261$ $2.2643$
エタノール $0.0223$ $789$ $1.6977$
液体ヘリウム $4$ $0.000098$ $145$ $0.2625$

観察 2.2 これが本稿の芯である。水銀の表面張力は水の $\mathbf{6.6621}$ 倍である。それなのに毛管長は $\mathbf{0.7009}$ 倍と短い。

観察 2.3 理由は密度である。水銀の密度は水の $13.5611$ 倍で、表面張力の増え方より大きい。そして $\ell_c$ は比の平方根しか取らないので、$\sqrt{6.6621/13.5611}=0.7009$ となる。

観察 2.4 五つの $\ell_c$ は $0.2625$ から $2.7273$ mm に収まっている。$\gamma$ は $0.000098$ から $0.4850$ まで$4950$ 倍ひらいているのに、$\ell_c$ は$10.4$ 倍しかひらかない。平方根が二重に効いて、差を潰している。

観察 2.5 論文292 は「足せるのは対数だけである」と書いた。ここで起きているのはその逆側である。対数の目盛りで見ると、$\gamma$ の $3.69$ 桁が $\ell_c$ の $1.02$ 桁に縮む。

3. この長さは、境目である

設定:ボンド数は $\mathrm{Bo}=\rho g L^2/\gamma$ と定義される。

検算 3.1:水で計算する。

$L$ [mm] $\mathrm{Bo}$ どちらが勝つか
$0.1000$ $0.001344$ 表面張力
$1.0000$ $0.134437$ 表面張力
$\mathbf{2.7273}$ $\mathbf{0.999967}$ 釣り合い
$10.0000$ $13.443732$ 重力
$100.0000$ $1344.373173$ 重力

観察 3.2 $\mathrm{Bo}=(L/\ell_c)^2$ である。三行目で $1$ になっているのは偶然ではなく、$L=\ell_c$ を代入したからである。ボンド数と毛管長は同じことの二つの書き方である。

観察 3.3 したがって $\ell_c$ はどの物体の寸法でもない。液体の性質だけから決まり、置かれた物の大きさを一切見ていない。見ているのはその物の大きさを比べる相手である。

観察 3.4 これは論文140 の言う尺度の側である。対称性は比を決め、力学は尺度を決める。$\ell_c$ は $\gamma$ と $\rho g$ という二つの力学量から出た尺度であって、幾何からは出ない。

4. 木を登らせているのは、毛管ではない

設定:ジュランの法則。半径 $r$ の管で $h=2\gamma\cos\theta/(\rho g r)$。$\cos\theta=1$ とする。

検算 4.1:

$r$ [$\mu$m] $h$ [m]
$10$ $1.4877$
$20$ $\mathbf{0.7438}$
$100$ $0.1488$
$1000$ $0.0149$

観察 4.2 実際の道管の半径は $5$–$50 \mu$m である。そこで毛管が上げるのは$\mathbf{0.74}$ m、高い木は $100$ m に達する。

検算 4.3:逆に解く。$h=100$ m に要る半径は $r=\mathbf{0.1488} \mu$m である。

観察 4.4 実際の道管より$134$ 倍細い管が要る。そんな管は無い。毛管では説明がつかない。

観察 4.5 正直に書くべき点、本稿は何が上げているかを主張しない。凝集力説(葉での蒸散が水柱を引く)が標準的な答だが、その当否は本稿の射程外である。言えるのは「毛管では足りない」という一つの数だけである。

観察 4.6 $h$ は $1/r$ で伸びるのに、$\ell_c$ には $r$ が入らない。同じ表面張力から、$r$ を見る量と見ない量の両方が出ている。論文258 が「源の形が立体角を決める」と書いたのと同じ型である。

5. 肺胞では、動かすべきは $\gamma$ である

設定:球面のラプラス圧は $\Delta P=2\gamma/R$。肺胞半径 $R=100 \mu$m とする。

検算 5.1:

状態 $\gamma$ [N/m] $\Delta P$ [Pa]
裸の水 $0.0728$ $1456.00$
界面活性剤あり $0.0250$ $\mathbf{500.00}$
最小まで下がったとき $0.0010$ $20.00$

検算 5.2:$\gamma$ を裸の水に固定して、$R$ だけ動かす。

$R$ [$\mu$m] $\Delta P$ [Pa]
$50$ $2912.00$
$100$ $1456.00$
$200$ $728.00$

観察 5.3 $\gamma$ が一定なら小さいほうが圧が高い。つながっていれば小さい肺胞が大きい肺胞へ吐き出して潰れる。$\gamma$ 一定は不安定である。

観察 5.4 界面活性剤は縮むほど $\gamma$ を下げる。$R$ が減ると $\gamma$ も減るので、$2\gamma/R$ が跳ね上がらない。不安定を消しているのは値ではなく、$\gamma$ が定数でないことである。

観察 5.5 ここに $\ell_c$ は出てこない。肺胞は $100 \mu$m で $\ell_c=2.7273$ mm より$27$ 倍小さい。重力が効かない側にいるから、$\rho g$ が消える。

6. 分離子:$\gamma$ が入るかどうか

設定:レイリー=プラトー不安定。液柱は波長が $2\pi R$ を超えると切れる。

検算 6.1:

$R$ [$\mu$m] 切れる波長 $2\pi R$ [$\mu$m]
$1000$ $6283.1853$
$100$ $628.3185$
$10$ $62.8319$

観察 6.2 分離子、$\gamma$ が式に入るかどうか。閾値 $2\pi R$ に$\gamma$ は入らない。表面張力は「切れるかどうか」を決めず、「どれだけ速く切れるか」だけを決める。

検算 6.3:三つの量を並べる。

量 何が入るか 何を決めるか
$\ell_c=\sqrt{\gamma/\rho g}$ $\gamma$ と $\rho g$ どちらの力が勝つか
$h=2\gamma/(\rho g r)$ $\gamma$・$\rho g$・$r$ どこまで上がるか
$\lambda>2\pi R$ $R$ だけ 切れるかどうか

観察 6.4 三行目だけ材料の量を一つも含まない。純粋に幾何である。論文258 の立体角が源の形だけで決まったのと同じ場所である。

観察 6.5 そして $\ell_c$ はどちらでもない。材料の量から出るが、比べる相手が無ければ何も言わない。$2.7273$ mm という数は、$2.7273$ mm の物があってはじめて意味を持つ。

7. 点呼と結び

  1. 水は $2.7273$ mm(検算2.1):$\ell_c=\sqrt{\gamma/\rho g}$。
  2. 水銀は $6.6621$ 倍の $\gamma$(観察2.2):なのに $\ell_c$ は $0.7009$ 倍。
  3. 密度が $13.5611$ 倍(観察2.3):効くのは比の平方根。
  4. $\gamma$ の $4950$ 倍が $10.4$ 倍に(観察2.4):差が潰れる。
  5. $\mathrm{Bo}=(L/\ell_c)^2$(検算3.1):$L=\ell_c$ でちょうど $1$。
  6. どの物体の寸法でもない(観察3.3):比べる相手である。
  7. 毛管は $0.74$ m(検算4.1):木は $100$ m。
  8. 要る半径は $0.1488 \mu$m(検算4.3):実際より $134$ 倍細い。
  9. 肺胞は $500$ Pa(検算5.1):裸の水なら $1456$ Pa。
  10. $2\pi R$ に $\gamma$ は入らない(検算6.1):切れるかどうかは幾何。

結び:液体には $\ell_c=\sqrt{\gamma/\rho g}$ という長さが一つあり、水では$\mathbf{2.7273}$ mmである。水銀 $1.9116$ mm、グリセリン $2.2643$ mm、エタノール $1.6977$ mm、液体ヘリウム $0.2625$ mm。水銀は表面張力が水の $\mathbf{6.6621}$ 倍なのに、毛管長は $\mathbf{0.7009}$ 倍と短い。密度が $13.5611$ 倍だからであり、$\ell_c$ は比の平方根しか取らない。$\gamma$ が $4950$ 倍ひらいても $\ell_c$ は $10.4$ 倍しかひらかない。この長さは境目である。ボンド数 $\mathrm{Bo}=(L/\ell_c)^2$ は $L=\ell_c$ でちょうど $1$ になり、下では表面張力が、上では重力が勝つ。だから $\ell_c$ はどの物体の寸法でもない。物の大きさを比べる相手である。木を登らせているのは毛管ではない。半径 $20 \mu$m の道管で毛管が上げるのは$\mathbf{0.74}$ mであり、$100$ m には$0.1488 \mu$m の管が要る(実際より $134$ 倍細い)。肺胞で効くのは $R$ ではなく $\gamma$ である。裸の水なら $1456$ Pa、界面活性剤で $\mathbf{500}$ Pa。不安定を消しているのは値ではなく、$\gamma$ が定数でないことである。分けるものは一つ、$\gamma$ が式に入るかどうか。液柱が切れる閾値 $2\pi R$ に $\gamma$ は入らず、純粋に幾何である。表面張力は「切れるかどうか」を決めず、「どれだけ速く切れるか」だけを決める。

改訂記録

第2版(2026-08-30):本稿は主題を入れ替えた。 第1版は「$4\pi$ が出る生体と、出ない生体」と題し、点源・線源・面源の立体角と毛細血管の到達距離を扱っていた。 その内容は論文258「$4\pi$ が出るのは、源が点のときだけである」と重複していた。数値($24.1144 \mu$V・$111.0508 \mu$V・$316.78 \mu$m・$44.80 \mu$m)まで一致しており、 先行するのは論文258 である。第2版は同じ毛細の場に留まりつつ、 258 が扱わなかった量(界面の長さ $\ell_c$)に主題を移した。 立体角についての記述は本稿から全て削除し、論文258 を参照先とする。

参考文献

  1. de Gennes, P.-G., Brochard-Wyart, F. and Quere, D. (2004). Capillarity and Wetting Phenomena. New York: Springer.
  2. Jurin, J. (1718). An Account of Some Experiments Shown Before the Royal Society. Philosophical Transactions of the Royal Society, 30.
  3. Rayleigh, Lord (1878). On the Instability of Jets. Proceedings of the London Mathematical Society, s1-10(1).
  4. Dixon, H. H. and Joly, J. (1895). On the Ascent of Sap. Philosophical Transactions of the Royal Society B, 186.
  5. Clements, J. A. (1957). Surface Tension of Lung Extracts. Proceedings of the Society for Experimental Biology and Medicine, 95(1).
  6. 山岸勇輝 (2026). 対称性は比を決め、力学は尺度を決める [論文140]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081997
  7. 山岸勇輝 (2026). 4π が出るのは、源が点のときだけである [論文258]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169011
  8. 山岸勇輝 (2026). 同じ海に三つの長さがあり、4.39×10^4 倍ひらいている [論文291]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171479
  9. 山岸勇輝 (2026). 足せるのは対数だけである [論文292]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171519
  10. 山岸勇輝 (2026). 「基本」単位の個数は、約束である [論文306]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172149

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない」[論文309]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22172337

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない [論文309]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/309 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22172337

Yamagishi, Y. (2026). The Length That Divides Gravity from Surface Tension Is Nobody’s Size [Paper 309]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/309; DOI: 10.5281/zenodo.22172337

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