要旨
大気には $H=kT/(mg)$ という長さが一つある。本稿が問うのは、この長さは何を決めているのかである。答は、厚さと、残るかどうかの両方である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、地球では $\mathbf{7.319}$ km である。半径 $6371$ km の$\mathbf{0.1149\%}$(第2節)。
第二に、高度 $H$ ごとに $1/e$ になる。エベレストの高さで $\mathbf{0.2985}$ 倍(第3節)。
第三に、$H$ 一つぶんの下に $\mathbf{63.2121\%}$ が入っている(第3節)。
第四に、これが本稿の芯である。逃げるか残るかを決める数は $R/H$ そのものである(第4節)。
第五に、月は $\mathbf{25.20}$ で漏れる。地球は $871.65$、タイタンは $124.90$(第4節)。
第六に、分離子は「重力と熱のどちらが勝つか」であり、それは比でしか書けない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。スケールハイト、等温大気の気圧分布、ジーンズ係数による散逸の目安は、いずれも標準的である。大気科学を作らない。使うのは一つの長さと、一つの比だけである。等温を仮定する。実際の大気は高さで温度が変わり、$H$ も高さで変わる。本稿は一つの代表温度で計算する。散逸の機構を扱わない。ジーンズ散逸以外(流体力学的散逸・非熱的散逸・太陽風の剥ぎ取り)には立ち入らない。$\lambda$ は目安であって判定ではない。組成の進化を追わない。どの気体が先に逃げるかの時間発展は扱わない。代表値に精度を主張しない。$T$ と平均分子量は桁を見るための値である。既刊との関係:論文309 は $\ell_c=\sqrt{\gamma/\rho g}$ が重力と表面張力を分ける長さだと示した。本稿は同じ型の三本目であり、今度は重力と熱を分ける。論文291 は同じ海に三つの長さがあると示した。本稿は一つの長さが二つの問いに答えるという、逆向きの話である。論文268 は三重点が「点」であるのは相律が測る前に決めていると示した。気圧の話をする場所が同じであり、本稿は一相の中の分布を見る。論文276 はデシベルが比であって量ではないと示した。$R/H$ も比であり、次元を持たない。論文316 は同じ整数を三つの数え方が返すと示した。本稿は一つの比が二つの問いに答えるという、鏡像である。加えたのは五つの天体でスケールハイトを計算したこと、$H/R$ を百分率で並べたこと、気圧の高度依存と質量の累積を数で出したこと、ジーンズ係数が $R/H$ に一致することを示したことである。
1. 記法と問い
設定:等温の大気で、重力と圧力勾配が釣り合うと
$$p(z)=p_0\,e^{-z/H},\qquad H=\frac{kT}{mg}$$
$k$ はボルツマン定数、$T$ は温度、$m$ は分子の質量、$g$ は重力加速度。
観察 1.1 $H$ は熱と重力の比である。分子は $kT$ ぶんの運動エネルギーを持ち、$mg$ ぶんの重さで引かれる。その比が長さになる。
問い:この長さは、何を決めているのか。
2. 地球では $7.319$ km である
検算 2.1:五つの天体で計算する($T$ と平均分子量は代表値)。
| 天体 | $T$ [K] | $\mu$ | $g$ [m/s$^2$] | $H$ [km] | $H/R$ |
|---|---|---|---|---|---|
| 地球 | $250$ | $28.96$ | $9.81$ | $\mathbf{7.319}$ | $\mathbf{0.1149\%}$ |
| 火星 | $210$ | $43.34$ | $3.72$ | $10.830$ | $0.3195\%$ |
| 金星 | $730$ | $43.45$ | $8.87$ | $15.749$ | $0.2602\%$ |
| タイタン | $94$ | $28.00$ | $1.35$ | $20.676$ | $0.8030\%$ |
| 木星 | $165$ | $2.22$ | $24.79$ | $24.928$ | $0.0357\%$ |
観察 2.2 地球の大気は、半径の $\mathbf{0.1149\%}$ しかない。直径 $30$ cm の地球儀なら、大気は $0.17$ mm、紙一枚より薄い。
観察 2.3 金星は地球より高温なのに、$H$ は $2$ 倍強にしかならない。温度は $2.9$ 倍だが分子が $1.5$ 倍重い。三つの量が打ち消し合っている。
観察 2.4 木星が最も厚いのは、水素が軽いからである。$\mu=2.22$ は地球の $13$ 分の一、重力が $2.5$ 倍あっても、$H$ は地球の $3.4$ 倍になる。
検算 2.5:同じ長さを、巨視的な量でも書ける。
| 式 | 値 |
|---|---|
| $kT/(mg)$(分子の言葉) | $7319.054158$ m |
| $RT/(Mg)$(モルの言葉) | $7319.054156$ m |
観察 2.6 小数第 $6$ 位まで一致する。$k$ と $R$、$m$ と $M$ はアボガドロ数を挟んで同じ量なので、比では消える。論文306 が「基本単位の個数は約束である」と書いた場所が、ここに顔を出している。
3. 高度 $H$ ごとに、$1/e$ になる
検算 3.1:地球($H=7.319$ km)で気圧を計算する。
| 高度 $z$ [km] | $z/H$ | $p/p_0$ |
|---|---|---|
| $1$ | $0.137$ | $0.87229320$ |
| $5$ | $0.683$ | $0.50502448$ |
| $8.848$(エベレスト) | $1.209$ | $\mathbf{0.29852566}$ |
| $10$ | $1.366$ | $0.25504972$ |
| $20$ | $2.733$ | $0.06505036$ |
| $50$ | $6.831$ | $0.00107926$ |
観察 3.2 エベレストの頂上で $\mathbf{0.2985}$ 倍である。三分の一を切っている。$8.8$ km 登っただけで、空気が $7$ 割減る。
検算 3.3:高さごとに、大気の何割が下にあるかを数える。
| 高度 | その下にある質量 |
|---|---|
| $1H$($7.3$ km) | $\mathbf{63.2121\%}$ |
| $2H$($14.6$ km) | $86.4665\%$ |
| $3H$($22.0$ km) | $95.0213\%$ |
| $5H$($36.6$ km) | $99.3262\%$ |
観察 3.4 $H$ 一つぶんの下に、$\mathbf{63.2121\%}$ が入っている。$1-1/e$ である。この数は $T$ にも $g$ にも $\mu$ にも依らない。
観察 3.5 どの天体でも $63.2121\%$ である。金星でも木星でもタイタンでも同じ、$H$ で測れば、大気はどこでも同じ形をしている。
4. 芯:逃げるか残るかを決める数は、$R/H$ である
設定:大気が宇宙へ逃げるかどうかの目安に、ジーンズ係数
$$\lambda=\frac{GMm}{kTR}$$
が使われる。分子の熱エネルギーに対する、脱出に要るエネルギーの比である。
観察 4.1 これが本稿の芯である。$g=GM/R^2$ を代入すると
$$\lambda=\frac{GMm}{kTR}=\frac{(GM/R^2)\,mR}{kT}=\frac{mgR}{kT}=\frac{R}{H}$$
$\lambda$ は $R/H$ そのものである。厚さを測る長さが、そのまま残るかどうかを決めている。
検算 4.2:
| 天体 | $\lambda=GMm/(kTR)$ | $R/H$ | 大気は |
|---|---|---|---|
| 地球 | $871.65$ | $870.47$ | 残る |
| 火星 | $313.60$ | $313.02$ | 残る |
| タイタン | $124.90$ | $124.54$ | 残る |
| 月 | $\mathbf{25.20}$ | 、 | 漏れる |
| 木星 | 、 | $2804.51$ | 残る |
観察 4.3 二つの列が一致している。わずかな差($871.65$ 対 $870.47$)は表の $g$ が自転の効果を含むから、代数的には厳密に等しい。
観察 4.4 月は $\mathbf{25.20}$ である。目安の $30$ を下回っており、実際に月には大気が無い。$H$ が $R$ に対して大きすぎるのである。
観察 4.5 タイタンは $124.90$ で残る。月より小さいのに大気を持つのは、$T$ が $94$ K しかないからである。冷たいことが、小ささを補っている。
観察 4.6 正直に書くべき点、$\lambda$ は目安であって判定ではない。ジーンズ散逸は散逸機構の一つにすぎず、太陽風による剥ぎ取りなど熱的でない過程もある。火星の大気が薄いのは、$\lambda$ だけでは説明できない。
5. 分離子:重力と熱の、どちらが勝つか
観察 5.1 分離子、$kT$ と $mgR$ の、どちらが大きいか。そしてそれは比でしか書けない。$H$ 単独では何も決まらない。
検算 5.2:
| 量 | 次元 | 何を言うか |
|---|---|---|
| $H$ | 長さ | 何も決めない(比べる相手が要る) |
| $H/R$ | 無次元 | 大気の薄さ |
| $R/H$ | 無次元 | 残るかどうか |
観察 5.3 上の行だけが次元を持ち、そして何も決めない。木星の $H=24.928$ km は地球より大きいが、$R/H=2804.51$ で地球よりずっと安泰である。長さの大小と、安泰さの大小が逆を向いている。
観察 5.4 論文309 は「重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない」と書いた。ここでも同じである。$H$ は天体の寸法ではなく、比べる相手である。同じ型の三本目になる。
| 長さ | 何と何を分けるか | |
|---|---|---|
| 論文309 | $\sqrt{\gamma/\rho g}$ | 重力 と 表面張力 |
| 論文291 | 三つの長さ | 同じ海の中の別々の機構 |
| 本稿 | $kT/(mg)$ | 重力 と 熱 |
観察 5.5 論文300 の判定基準を、$H/R$ と $R/H$ に当てる。同じ数の逆数であり、同根である。翻訳の構成が在り(逆数を取る)、変数を動かしても一致し続ける。本稿は珍しく「同根」と答える回である。
観察 5.6 最後に一つ、同じ一つの比が、二つの問いに答えている。「大気はどれだけ薄いか」と「大気は残るか」は別の問いに見える。それなのに答は同じ数の表と裏である。薄い大気とは、逃げかけている大気のことである。
6. 点呼と結び
- 地球は $7.319$ km(検算2.1):半径の $0.1149\%$。
- 地球儀なら $0.17$ mm(観察2.2):紙より薄い。
- 木星が最も厚い(観察2.4):水素が軽いから。
- 二つの式が小数第6位まで一致(検算2.5):$kT/(mg)=RT/(Mg)$。
- エベレストで $0.2985$ 倍(検算3.1):$8.8$ km で七割減。
- $1H$ の下に $63.2121\%$(検算3.3):$1-1/e$、どの天体でも同じ。
- $\lambda=R/H$(観察4.1):代数的に厳密。
- 月は $25.20$(観察4.4):目安の $30$ を下回る。
- タイタンは冷たさで補う(観察4.5):$94$ K。
- $H$ 単独では何も決まらない(検算5.2):比べる相手が要る。
結び:等温の大気には $H=kT/(mg)$ という長さが一つあり、熱と重力の比が長さになったものである。地球では $\mathbf{7.319}$ km、半径 $6371$ km の$\mathbf{0.1149\%}$にすぎず、直径 $30$ cm の地球儀なら $0.17$ mm、紙一枚より薄い。高度 $H$ ごとに気圧は $1/e$ になり、エベレストの頂上で $\mathbf{0.2985}$ 倍、そして$H$ 一つぶんの下に $\mathbf{63.2121\%}$ の質量が入っている。この $1-1/e$ は $T$ にも $g$ にも $\mu$ にも依らず、金星でも木星でもタイタンでも同じである。そして大気が逃げるか残るかを決める数は、この $H$ そのものから出る。ジーンズ係数 $\lambda=GMm/(kTR)$ に $g=GM/R^2$ を入れると$\lambda=R/H$ に厳密になる。地球は $871.65$、火星は $313.60$、タイタンは $124.90$ で残り、月は $\mathbf{25.20}$ で漏れる。タイタンが月より小さいのに大気を持つのは、$94$ K という冷たさが小ささを補っているからである。分けるものは一つ、$kT$ と $mgR$ のどちらが大きいか。そしてそれは比でしか書けない。$H$ 単独では何も決まらない。木星の $H$ は地球より大きいのに $R/H=2804.51$ で地球よりずっと安泰であり、長さの大小と安泰さの大小が逆を向いている。論文309 が「重力と表面張力を分ける長さは材料の寸法ではない」と書いたのと同じ型の三本目である。$H$ は天体の寸法ではなく、比べる相手である。最後に一つ、同じ一つの比が、二つの問いに答えている。「どれだけ薄いか」と「残るか」は別の問いに見えて、答は同じ数の表と裏であった。薄い大気とは、逃げかけている大気のことである。
参考文献
- Jeans, J. H. (1925). The Dynamical Theory of Gases, 4th edition. Cambridge: Cambridge University Press.
- Chamberlain, J. W. and Hunten, D. M. (1987). Theory of Planetary Atmospheres, 2nd edition. Orlando: Academic Press.
- Catling, D. C. and Kasting, J. F. (2017). Atmospheric Evolution on Inhabited and Lifeless Worlds. Cambridge: Cambridge University Press.
- Jakosky, B. M. et al. (2015). MAVEN Observations of the Response of Mars to an Interplanetary Coronal Mass Ejection. Science, 350(6261).
- 山岸勇輝 (2026). 三重点が「点」であることは、実験事実ではない [論文268]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169829
- 山岸勇輝 (2026). デシベルは比であって、量ではない [論文276]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22170073
- 山岸勇輝 (2026). 同じ海に三つの長さがあり、$4.39\times10^4$ 倍ひらいている [論文291]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171479
- 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 「基本」単位の個数は、約束である [論文306]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172149
- 山岸勇輝 (2026). 重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない [論文309]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172337
- 山岸勇輝 (2026). 同じ整数を、三つの別の数え方が返す [論文316]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22208229
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「大気の厚さを決める長さが、大気が残るかどうかも決めている」[論文321]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22209154
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 大気の厚さを決める長さが、大気が残るかどうかも決めている [論文321]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/321 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22209154
Yamagishi, Y. (2026). The Length That Sets How Thick an Atmosphere Is Also Sets Whether It Stays [Paper 321]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/321; DOI: 10.5281/zenodo.22209154
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