【論文356】電流は流れているのに、仕事をしていない

要旨

電流が流れれば仕事をしている、と考えたくなる。本稿が問うのはその二つが同じ量かである。答えは同じではなく、片方がゼロでももう片方は最大でありうる。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、電圧 $200$ V・電流 $10$ A のとき、皮相電力は位相差によらず $\mathbf{2000}$ VA である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。位相差 $90$ 度では有効電力が $\mathbf{0}$ になる(第2節)。

第三に、そのときも電流は $10$ A 流れており、電線は同じだけ発熱する(第3節)。

第四に、力率が $1$ から $0.5$ に落ちると、同じ $1500$ W に要る電流は $\mathbf{2.0000}$ 倍になる(第3節)。

第五に、そのとき線路損失は $\mathbf{4.0000}$ 倍になる。二乗で効くからである(第3節)。

第六に、分離子は位相差であって、電流の大きさではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。力率・皮相電力・無効電力・力率改善はすべて既知である。電気工学を作らない。三相回路・不平衡負荷・高調波ひずみの理論には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。機器を設計しない。力率改善コンデンサの容量選定は主題ではない。料金制度を扱わない。電力会社の力率割引の制度設計は主題ではない。過渡を扱わない。定常正弦波のみを扱い、突入電流やスイッチングは主題ではない。ひずみ波を扱わない。高調波を含む場合の力率の定義(ひずみ力率)は名前を挙げるにとどめる。既刊との関係:論文350 はむだ時間が振幅に触れずに位相だけを食うことを示した。そこでも位相が単独で結果を決めた。ここでは位相が仕事の量を決める。論文351 は立ち漕ぎと座り漕ぎが位相の関係で分かれることを示した。同じ道具が二つの機構をもつ形が同じである。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。皮相電力と有効電力は、その基準で別根である。論文313 は本体系が「同期」を四つの意味で使っていたことを示した。「電力」も同じ形をしている。加えたのは、位相差七点で有効電力と無効電力を数に出したこと、$90$ 度で有効電力がゼロになる一方で皮相電力が $2000$ VA のままであることを示したこと、力率半減で電流 $2$ 倍・損失 $4$ 倍を数で出したこと、分離子を位相差に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:電圧 $V=200$ V、電流 $I=10$ A、電圧と電流の位相差を $\phi$ とする。

$$S=VI,\qquad P=VI\cos\phi,\qquad Q=VI\sin\phi,\qquad S=\sqrt{P^2+Q^2}$$

観察 1.1 三つの「電力」がある。皮相電力 $S$、有効電力 $P$、無効電力 $Q$、どれも単位は電圧かける電流の次元をもつが、VA・W・var と書き分けられている。

観察 1.2 書き分けが要るのは、同じ次元の別の量だからである。次元が同じことは同じ量であることを意味しない。本稿はこの点を数で見る。

観察 1.3 電線が発熱するのは電流によってである。損失は $I^2R$ であり、$P$ ではなく $I$ で決まる。仕事をしていない電流でも、電線は同じだけ熱くなる。

問い:流れている量と、働いている量は同じ量か。

2. 90 度では、仕事がゼロになる

計算 2.1:位相差に対する三つの電力(本稿で計算)。

位相差 [度] 力率 $\cos\phi$ 有効電力 [W] 無効電力 [var]
$0$ $1.000000$ $\mathbf{2000.00}$ $0.00$
$15$ $0.965926$ $1931.85$ $517.64$
$30$ $0.866025$ $1732.05$ $1000.00$
$45$ $0.707107$ $1414.21$ $1414.21$
$60$ $0.500000$ $1000.00$ $1732.05$
$75$ $0.258819$ $517.64$ $1931.85$
$\mathbf{90}$ $\mathbf{0.000000}$ $\mathbf{0.00}$ $\mathbf{2000.00}$

観察 2.2 これが本稿の芯である。位相差 $90$ 度で有効電力が $\mathbf{0}$ になる。電圧も電流も一切減っていないのに、仕事だけが消える。

観察 2.3 皮相電力は $\mathbf{2000}$ VA のままである。$\sqrt{P^2+Q^2}=2000.0000$ VA、$P$ が $Q$ に移っただけであって、総量は動いていない。

観察 2.4 電流計は $10$ A を指し続ける。電流計は位相を知らないからである。計器の針だけを見ていると、仕事がゼロになったことに気づけない。

観察 2.5 論文350 と同じ形である。論文350 ではむだ時間が振幅に触れずに位相だけを食った。ここでは位相だけが仕事を決める。どちらも「大きさを測る計器には見えない」。

3. 力率が半分になると、損失は四倍になる

計算 3.1:同じ $1500$ W を送るのに要る電流と損失(本稿で計算)。

力率 必要な電流の比 線路損失 $I^2R$ の比 位相差 [度]
$1.0000$ $1.0000$ $1.0000$ $0$
$\mathbf{0.5000}$ $\mathbf{2.0000}$ $\mathbf{4.0000}$ $60$

観察 3.2 電流が $2$ 倍、損失が $4$ 倍である。損失は電流の二乗に比例するからである。力率が半分になると、負担は二段階で増える。

観察 3.3 この $4$ 倍は、誰も使っていない熱である。有効電力は $1500$ W のままで変わらない。増えた $3$ 倍ぶんは、送電線を温めるためだけに費やされる。

観察 3.4 だから電力会社は力率を見る。同じ仕事に太い電線が要るからである。設備の容量は $P$ ではなく $S$ で決まる。

観察 3.5 位相差 $60$ 度は極端な条件ではない。力率 $0.5$ は無負荷に近い誘導電動機で普通に現れる。$90$ 度は理想化だが、$60$ 度は現場の値である。

4. 同じ次元で、別の量

観察 4.1 $P$・$Q$・$S$ は次元が同じである。どれも $[\mathrm{ML^2T^{-3}}]$、それでも W・var・VA と書き分けるのは、足し算ができないからである。

観察 4.2 $P$ と $Q$ は直交して足される。$S=\sqrt{P^2+Q^2}$ であって $S=P+Q$ ではない。位相差 $45$ 度では $P=Q=1414.21$ だが、$S$ は $2828$ ではなく $2000$ である。

観察 4.3 論文300 の基準で別根である。次元が一致することは同根の証拠にならない。これは論文300 の「数値の一致だけでは同根と見なさない」の、次元版である。

観察 4.4 正直に言えば、無効電力が「無駄」だというのは言いすぎである。磁場を作るのに必要であり、電動機はそれで回る。無駄なのは、それを遠くから運んでくることである。だから力率改善は発生源の近くで行う。

5. 分離子:位相差

観察 5.1 分離子、電圧と電流の位相差であって、電流の大きさではない。

位相差 電流 有効電力 電線の発熱
$\mathbf{0}$ 度 $10$ A $\mathbf{2000}$ W 同じ
$\mathbf{90}$ 度 $10$ A $\mathbf{0}$ W 同じ

観察 5.2 左と右の列が同じで、真ん中だけが違う。電流も発熱も変わらないのに、仕事が $2000$ W から $0$ W へ、位相差という一つの量が、それだけを動かしている。

観察 5.3 分離子は動かせる。コンデンサを並列に入れれば位相差が縮む、電流を減らすのではなく、電流の向きを電圧に揃える。これが力率改善の中身である。

観察 5.4 位相差を $0$ にすると、無効電力もゼロになる。$\sin0=0$ だからである。式が効いていることの確認になる。

観察 5.5 正直に言えば、$2000$ VA も $4.0000$ 倍も、$200$ V・$10$ A と明示した条件の上での値である。別の回路なら別の数が出る。動かないのは、損失が電流の二乗に比例することと、位相差 $90$ 度で有効電力がゼロになることだけである。

観察 5.6 最後に一つ、「流れている」ことと「効いている」ことを、一つの計器で見分けることはできない。電流計は $10$ A を指し続ける。見分けるには、二つの量の間の位相を測る計器が要る。量を測る道具と、関係を測る道具は別である。

6. 点呼と結び

  1. 皮相電力は $2000$ VA(第1節):位相差によらない。
  2. $90$ 度で有効電力が $0$(計算 2.1):仕事だけが消える。
  3. そのとき $\sqrt{P^2+Q^2}=2000.0000$ VA(観察 2.3):総量は動かない。
  4. 電流計は $10$ A を指し続ける(観察 2.4):位相を知らない。
  5. 力率 $0.5$ で電流 $2.0000$ 倍(計算 3.1):同じ $1500$ W に。
  6. 損失は $4.0000$ 倍(計算 3.1):二乗で効く。
  7. $45$ 度で $P=Q=1414.21$(観察 4.2):$S$ は $2828$ ではなく $2000$。
  8. 次元が同じでも別の量(観察 4.1):足し算ができない。
  9. 位相差 $0$ で無効電力もゼロ(観察 5.4):式が効いている。
  10. 無効電力は無駄ではない(観察 4.4):遠くから運ぶことが無駄。

結び:電流が流れれば仕事をしている、と考えたくなる。直流ではそれで正しい。だが交流では、二つは別の量である。電圧 $200$ V・電流 $10$ A のとき皮相電力は位相差によらず $\mathbf{2000}$ VA だが、位相差 $90$ 度では有効電力が $\mathbf{0}$ になる。電圧も電流も一切減っていないのに、仕事だけが消える。$\sqrt{P^2+Q^2}=2000.0000$ VA は変わらず、$P$ が $Q$ に移っただけであって総量は動いていない。そして電流計は $10$ A を指し続ける。電流計は位相を知らないからであり、計器の針だけを見ていると仕事がゼロになったことに気づけない。電線の損失は $I^2R$ で決まるから、仕事をしていない電流でも電線は同じだけ熱くなる。負担は二段階で増える。力率が $1$ から $0.5$ に落ちると、同じ $1500$ W を送るのに電流は $\mathbf{2.0000}$ 倍、線路損失は $\mathbf{4.0000}$ 倍になる。損失は電流の二乗に比例するからである。有効電力は $1500$ W のままだから、増えた $3$ 倍ぶんは送電線を温めるためだけに費やされる。力率 $0.5$(位相差 $60$ 度)は無負荷に近い誘導電動機で普通に現れる現場の値である。次元が同じことは、同じ量であることを意味しない。$P$・$Q$・$S$ はどれも同じ次元をもつが、$S=\sqrt{P^2+Q^2}$ であって $S=P+Q$ ではない。位相差 $45$ 度では $P=Q=1414.21$ だが、$S$ は $2828$ ではなく $2000$ である。論文300 の「数値の一致だけでは同根と見なさない」の、次元版である。分けているものは一つ、電圧と電流の位相差であって、電流の大きさではない。位相差 $0$ 度と $90$ 度で、電流も電線の発熱も同じ $10$ A・同じ量のまま、仕事だけが $2000$ W から $0$ W へ動く。だから力率改善は電流を減らすのではなく、電流の向きを電圧に揃える。正直に言えば、無効電力が「無駄」だというのは言いすぎである。磁場を作るのに必要で、電動機はそれで回る。無駄なのはそれを遠くから運んでくることであって、だから力率改善は発生源の近くで行う。$2000$ VA も $4.0000$ 倍も $200$ V・$10$ A の上での値である。最後に一つ、「流れている」ことと「効いている」ことを、一つの計器で見分けることはできない。見分けるには二つの量の間の位相を測る計器が要る。量を測る道具と、関係を測る道具は別である。

参考文献

  1. Steinmetz, C. P. (1897). Theory and Calculation of Alternating Current Phenomena. New York: W. J. Johnston.
  2. Fitzgerald, A. E., Kingsley, C., Umans, S. D. (2003). Electric Machinery (6th ed.). New York: McGraw-Hill.
  3. IEEE (2010). IEEE Standard Definitions for the Measurement of Electric Power Quantities Under Sinusoidal, Nonsinusoidal, Balanced, or Unbalanced Conditions, IEEE Std 1459-2010.
  4. Grainger, J. J., Stevenson, W. D. (1994). Power System Analysis. New York: McGraw-Hill.
  5. Emanuel, A. E. (2010). Power Definitions and the Physical Mechanism of Power Flow. Chichester: Wiley.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『本体系は「同期」を四つの意味で使ってきた。閾値をもつのは第五の意味だけである』[論文313]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22174953
  8. 山岸勇輝 (2026). 『むだ時間は、振幅に触れずに安定余裕だけを食う』[論文350]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695565
  9. 山岸勇輝 (2026). 『ブランコの立ち漕ぎと座り漕ぎは、二つの機構である』[論文351]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695649

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「電流は流れているのに、仕事をしていない」[論文356]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697124

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 電流は流れているのに、仕事をしていない [論文356]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/356 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697124

Yamagishi, Y. (2026). The Current Flows and Does No Work [Paper 356]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/356; DOI: 10.5281/zenodo.22697124

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