【論文369】殺菌は温度ではなく、温度と時間の組である

要旨

加熱の安全は「中心温度が何度になったか」で語られる。本稿が問うのはそれで決まるかである。答えは決まらない。温度と時間の組が決める。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、$D$ 値は菌を $1$ 桁減らす時間であり、$z$ 値は $D$ を $1$ 桁変える温度差である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。$55$ 度で $\mathbf{210}$ 分と $75$ 度で $\mathbf{3.38}$ 秒は、同じ $7$ 桁の減少である(第2節)。

第三に、必要時間の比は $\mathbf{3727.5937}$ 倍であり、$10^{20/5.6}$ に厳密に一致する(第2節)。

第四に、$60$ 度なら $\mathbf{26.8758}$ 分で、通説の「鶏を $60$ 度で $30$ 分前後」と整合する(第2節)。

第五に、逆に「$60$ 分で $7$ 桁」を求めると、必要な温度は $\mathbf{58.0468}$ 度と出る(第3節)。

第六に、分離子は「温度を報告するか、温度と時間を報告するか」である(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。$D$ 値・$z$ 値・低温殺菌はすべて既知である。微生物学を作らない。菌種ごとの耐熱性の機序や、芽胞の扱いには立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。安全基準を与えない。本稿の数値を調理の指針として用いてはならない。$D=30$ 分・$z=5.6$ 度は明示した仮定であり、実際の値は菌種・食品・水分活性で変わる。熱伝導を扱わない。食品内部が設定温度に達するまでの時間は主題ではない。中心が目標温度に保たれている場合だけを計算する。品質を論じない。食感・風味・たんぱく質の変性は主題ではない。規制を論じない。各国の基準や表示制度は主題ではない。既刊との関係:論文352 は転移温度が測る速さで動くことを示した。そこでは時間が温度を動かした。ここでは時間と温度が交換できる。論文346 は次数によって半減期が定数でなくなることを示した。そこでも「一つの数で言えるか」が問題だった。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「温度に達した」と「殺菌された」は、その基準で別根である。論文358 は約束が数を決めることを示した。ここでは「何桁減らすか」という約束が数を決める。加えたのは、五つの温度で必要時間を数に出したこと、比が $10^{20/5.6}$ という閉じた式になることを示したこと、通説の「$60$ 度で $30$ 分前後」と照合したこと、逆算して $58.0468$ 度を出し式が閉じることを確かめたこと、分離子を「何を報告するか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:$D$ 値と $z$ 値で加熱殺菌を書く。

$$D(T)=D_{\text{ref}}\cdot10^{(T_{\text{ref}}-T)/z},\qquad
t_{n\text{桁}}=n\,D(T)$$

$D_{\text{ref}}=30$ 分($T_{\text{ref}}=55$ 度)、$z=5.6$ 度とし、$n=7$ 桁の減少を目標とする。

観察 1.1 $D$ 値は「菌を $10$ 分の $1$ にする時間」である。減少は指数的だから、桁で数えるのが自然である。$7$ 桁なら $10^{7}$ 分の $1$、つまり一千万分の一である。

観察 1.2 $z$ 値は「$D$ を $10$ 分の $1$ にする温度差」である。$5.6$ 度上げれば必要時間が $10$ 分の $1$、温度と時間が対数で結ばれている。

観察 1.3 だから同じ安全を、複数の組で達成できる。高温短時間でも、低温長時間でもよい。本稿はその組の値を出す。

問い:「何度まで加熱したか」で、安全は決まるか。

2. $3.5$ 時間と $3.38$ 秒が同じである

計算 2.1:温度に対する $D$ 値と、$7$ 桁減らすのに要る時間(本稿で計算)。

温度 [度] $D$ 値 [分] $7$ 桁減らす時間
$\mathbf{55}$ $30.000000$ $\mathbf{210.0000}$ 分($3.5$ 時間)
$\mathbf{60}$ $3.839407$ $\mathbf{26.8758}$ 分
$65$ $0.491368$ $3.4396$ 分
$70$ $0.062885$ $0.4402$ 分
$\mathbf{75}$ $0.008048$ $\mathbf{0.0563}$ 分($3.38$ 秒)

観察 2.2 これが本稿の芯である。$55$ 度で $3.5$ 時間と、$75$ 度で $3.38$ 秒は、同じ「$7$ 桁の減少」である。温度で見れば $20$ 度違い、時間で見れば $3727$ 倍違うのに、達成した安全は同じである。

観察 2.3 比は閉じた式になる。$3727.5937$ は $10^{20/5.6}$ に厳密に一致する。$D_{\text{ref}}$ にも $n$ にもよらない。温度差と $z$ だけで決まる。

観察 2.4 通説と一致する。$60$ 度での $26.8758$ 分、低温調理で「鶏を $60$ 度で $30$ 分前後」とされるのと整合する。式も定数も外していない。

観察 2.5 $55$ 度でも達成できる。$210$ 分、つまり一日を待たずに済む、「低すぎて危険な温度」があるのではなく、必要な時間が長いだけである。

観察 2.6 ただし際限なく下げられるわけではない。$z$ 値が一定なのは限られた温度域である。低温では菌が増殖する側に回るので、外挿してはいけない。本稿はその下限を計算していない。

3. 時間を決めれば温度が出る

計算 3.1:「$60$ 分で $7$ 桁」を逆に解く(本稿で計算)。

量 値
目標 $60$ 分で $7$ 桁
必要な温度 $\mathbf{58.0468}$ 度
検算(その温度での $7$ 桁の時間) $60.0000000000$ 分

観察 3.2 式が閉じている。出した温度を戻すと $60.0000000000$ 分、計算の誤りではない。

観察 3.3 つまり二つの量のどちらを固定してもよい。温度を決めれば時間が出て、時間を決めれば温度が出る。独立に選べるのは一方だけである。

観察 3.4 ここに実務上の自由度がある。食感を保ちたいなら低温長時間、速さが要るなら高温短時間、安全を保ったまま、別の目的で選べる。

観察 3.5 「何桁減らすか」も約束である。$7$ 桁は本稿が置いた目標にすぎない。$6$ 桁なら時間は $7$ 分の $6$ になる。論文358 で許容錯乱円が数を決めたのと同じ形である。

4. 温度だけでは足りない

観察 4.1 「$75$ 度に達した」という報告には、時間が入っていない。達した瞬間に下ろせば $3.38$ 秒に満たない。足りているかどうかが、その報告からは分からない。

観察 4.2 逆に「$60$ 度で $30$ 分」は完結している。温度と時間の両方がある。$7$ 桁を超えることが計算できる。

観察 4.3 論文300 の基準で別根である。「温度に達した」は温度計が決め、「殺菌された」は積分が決める。片方を報告して他方が保証されると考えるのが、混同である。

観察 4.4 正直に言えば、実際には昇温中にも殺菌が進む。本稿は目標温度に保たれている場合だけを計算した。昇温を含めると必要時間はもっと短くなる。安全側の見積りである。

観察 4.5 本稿の数値を調理の指針にしてはならない。$D=30$ 分・$z=5.6$ 度は仮定である。実際の値は菌種・食品・水分活性で変わる。

5. 分離子:何を報告するか

観察 5.1 分離子、温度だけを報告するか、温度と時間の組を報告するか。

報告 情報は足りるか $7$ 桁に届くか 判定できるか
「$75$ 度に達した」 足りない 不明 できない
「$60$ 度で $30$ 分」 足りる 届く できる
「$55$ 度で $3.5$ 時間」 足りる ちょうど届く できる

観察 5.2 一行目は温度が最も高いのに、判定できない。三行のうちいちばん高温が、いちばん情報が少ない。数の大きさと情報の量は別である。

観察 5.3 分離子は動かせる。温度計に積算機能をつければ、報告が一行目から二行目へ移る。道具を変えれば、同じ調理が判定可能になる。

観察 5.4 これは測定の設計の問題である。何を記録するかを決めた時点で、後から何が言えるかが決まっている。論文364 で脱落を記録するかどうかが決めていたのと同じ形である。

観察 5.5 正直に言えば、$210$ 分も $3727.5937$ 倍も、$D=30$ 分・$z=5.6$ 度・$7$ 桁という明示した仮定の上での値である。別の菌なら別の数が出る。動かないのは、温度と時間が対数で交換できるという構造だけである。

観察 5.6 最後に一つ、二つの量が対数で結ばれているとき、片方だけを報告する習慣は情報を捨てている。温度は測りやすく、時間は数えにくい。測りやすいほうだけが報告されるのは、そちらが重要だからではない。

6. 点呼と結び

  1. $D$ 値は $1$ 桁減らす時間(第1節):$7$ 桁で一千万分の一。
  2. $z=5.6$ 度で $D$ が $10$ 分の $1$(第1節):温度と時間が対数で結ばれる。
  3. $55$ 度で $210$ 分(計算 2.1):$3.5$ 時間。
  4. $75$ 度で $3.38$ 秒(計算 2.1):同じ $7$ 桁。
  5. 比は $3727.5937$ 倍(観察 2.3):$10^{20/5.6}$ に厳密一致。
  6. $60$ 度で $26.8758$ 分(計算 2.1):通説と整合。
  7. $60$ 分なら $58.0468$ 度(計算 3.1):逆算できる。
  8. 戻すと $60.0000000000$ 分(観察 3.2):式が閉じている。
  9. 「$75$ 度に達した」では判定できない(観察 4.1):時間が入っていない。
  10. 昇温中の殺菌は数えていない(観察 4.4):安全側の見積り。

結び:加熱の安全は「中心温度が何度になったか」で語られる。だがその一つの数では決まらない。$D$ 値は菌を $1$ 桁減らす時間、$z$ 値は $D$ を $1$ 桁変える温度差である。$5.6$ 度上げれば必要時間が $10$ 分の $1$ になるのだから、温度と時間は対数で結ばれている。だから同じ安全を、複数の組で達成できる。$D=30$ 分($55$ 度)・$z=5.6$ 度の上で $7$ 桁(一千万分の一)減らすなら、$55$ 度で $\mathbf{210}$ 分($3.5$ 時間)と、$75$ 度で $\mathbf{3.38}$ 秒が、同じ達成である。温度で $20$ 度、時間で $\mathbf{3727.5937}$ 倍違うのに、安全は同じ。この比は $10^{20/5.6}$ に厳密に一致し、$D$ にも桁数にもよらない。$60$ 度なら $\mathbf{26.8758}$ 分で、低温調理の「鶏を $60$ 度で $30$ 分前後」と整合する。どちらを固定してもよい。「$60$ 分で $7$ 桁」を逆に解けば必要な温度は $\mathbf{58.0468}$ 度と出て、戻すと $60.0000000000$ 分になる。独立に選べるのは温度か時間の一方だけであり、そこに実務上の自由度がある。食感を保ちたいなら低温長時間、速さが要るなら高温短時間を、安全を保ったまま選べる。だから温度だけの報告では足りない。「$75$ 度に達した」には時間が入っておらず、達した瞬間に下ろせば $3.38$ 秒に満たない。足りているかどうかが、その報告からは分からない。一方「$60$ 度で $30$ 分」は完結しており、$7$ 桁を超えることが計算できる。三行のうちいちばん高温の報告が、いちばん情報が少ない。分けているものは一つ、温度だけを報告するか、温度と時間の組を報告するか。温度計に積算機能をつければ判定可能になるのだから、これは測定の設計の問題である。論文364 で脱落を記録するかどうかが決めていたのと同じ形である。正直に言えば、実際には昇温中にも殺菌が進むので、本稿の値は安全側の見積りである。そして $D=30$ 分・$z=5.6$ 度・$7$ 桁はいずれも明示した仮定であり、実際の値は菌種・食品・水分活性で変わる。本稿の数値を調理の指針として用いてはならない。最後に一つ、二つの量が対数で結ばれているとき、片方だけを報告する習慣は情報を捨てている。温度は測りやすく、時間は数えにくい。測りやすいほうだけが報告されるのは、そちらが重要だからではない。

参考文献

  1. Bigelow, W. D. (1921). The Logarithmic Nature of Thermal Death Time Curves. Journal of Infectious Diseases.
  2. Stumbo, C. R. (1973). Thermobacteriology in Food Processing (2nd ed.). New York: Academic Press.
  3. van Asselt, E. D., Zwietering, M. H. (2006). A systematic approach to determine global thermal inactivation parameters. International Journal of Food Microbiology.
  4. Peleg, M., Cole, M. B. (1998). Reinterpretation of Microbial Survival Curves. Critical Reviews in Food Science and Nutrition.
  5. Baldwin, D. E. (2012). Sous vide cooking: A review. International Journal of Gastronomy and Food Science.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『三つの反応次数のうち二つでは、「半減期」は物質の性質ですらない』[論文346]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682323
  8. 山岸勇輝 (2026). 『ガラス転移温度は、測る速さで動く』[論文352]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695723
  9. 山岸勇輝 (2026). 『被写界深度の「深さ」は、測定値ではなく約束である』[論文358]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697216
  10. 山岸勇輝 (2026). 『選別だけで平均は 1.52 標準偏差上がり、ばらつきは 0.45 に縮む』[論文364]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697530

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「殺菌は温度ではなく、温度と時間の組である」[論文369]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697760

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 殺菌は温度ではなく、温度と時間の組である [論文369]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/369 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697760

Yamagishi, Y. (2026). Pasteurisation Is a Pair of Temperature and Time, Not a Temperature [Paper 369]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/369; DOI: 10.5281/zenodo.22697760

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