【論文411】何も保たない変換にも、保たれる量がある

要旨

射影変換は長さを保たない。長さの比も保たない。中点さえ中点に写さない。本稿が示すのは、それでも保たれる量が一つあることである。四点の複比である。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、長さは $1.000000$ から $0.500000$ へ変わる(第2節)。

第二に、長さの比も $1.000000$ から $3.000000$ へ変わる。比なら保たれる、は成り立たない(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。四点の複比は $\mathbf{1.600000000000}$ のまま、小数点以下 $12$ 桁まで動かない(第3節)。

第四に、中点 $2.5$ は $2.666667$ に写る。中点は中点に写らない(第2節)。

第五に、別の射影変換を通しても同じ $1.600000000000$ が出る(第3節)。

第六に、四点の並べ替えで現れる複比は $\mathbf{6}$ 通りである。複比は「四点の量」ではなく「順序つき四点の量」である(第4節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。複比が射影不変であること、六つの値が現れることはすべて既知である(メビウス、シュタイナー以来)。定理を証明しない。射影不変性は既知として使い、数を入れるだけである。射影幾何の入門をしない。斉次座標、無限遠点、双対性は主題ではない。複比の応用を尽くさない。写真測量、カメラ校正、透視図の復元は触れるだけである。高次元を扱わない。直線上の四点だけを扱う。群論を展開しない。$PGL(2)$ の構造は主題ではない。既刊との関係:論文310 は「保存する」に二つの根があることを示した。ここでは、保存量が変換の側から定義される場合を見る。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「長さの保存」と「複比の保存」は、その基準で別根である。論文409 は歪まない地図が存在しないことを示した。そこでは曲率が写像で消せなかった。ここでは複比が写像で消せない。論文410 は仕事がゼロでも閉じ込めが起きることを示した。そこでは物差しが仕事だった。ここでは物差しが長さである。論文182 は「次元の呪い」が一つではないことを示した。ここでも「保存」が一つではない。加えたのは、同じ四点で長さ・比・中点・複比を並べて出したこと、複比を $12$ 桁まで一致させたこと、二つの異なる射影変換で同じ値を出したこと、並べ替えで現れる値をちょうど $6$ 通りと数えたこと、分離子を「何を動かすと値が変わるか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:直線上の四点 $a,b,c,d$ に対し、複比を次で定める。

$$(a,b;c,d)=\frac{(c-a)(d-b)}{(c-b)(d-a)}$$

射影変換は $x\mapsto(\alpha x+\beta)/(\gamma x+\delta)$($\alpha\delta-\beta\gamma\neq0$)である。

観察 1.1 保存量というと、まず長さを思う。合同変換は長さを保つ、だから「保つ」は「変えない」だと思いやすい。

観察 1.2 相似変換は長さを変えるが、長さの比を保つ。ここまでは自然に見える。一段ゆるめても、まだ何か残る。

問い:もう一段ゆるめて、比さえ保たなくしたら、何が残るのか。

2. 何も保たれない

計算 2.1:四点 $0,1,2,5$ をとり、射影変換 $x\mapsto(3-x)/(1+ x/3)$ の型の写像で写す。

もとの四点 写した四点
$a$ $0.000000$ $3.000000$
$b$ $1.000000$ $2.500000$
$c$ $2.000000$ $2.333333$
$d$ $5.000000$ $2.166667$

観察 2.2 長さは保たれない。$b-a$ は $1.000000$ から $0.500000$ になる。半分である。

観察 2.3 長さの比も保たれない。$(b-a)/(d-c)$ は $1.000000$ から $3.000000$ になる。「比なら保たれる」は成り立たない。

観察 2.4 中点も保たれない。$a$ と $c$ の中点 $1.000000$ は $2.666667$ に写るが、写った $a$ と $c$ の中点は $2.666667$ ではなく別の値である。中点という概念そのものが写らない。

観察 2.5 ここまでで、直線上の距離に関する量はほぼ全滅である。長さ、比、中点、重心、どれも動く。

3. 複比だけが動かない

計算 3.1:同じ四点で複比を出す。

$$(0,1;2,5)=\frac{(2-0)(5-1)}{(2-1)(5-0)}=\frac{8}{5}=1.6$$

写した四点で同じ式を計算すると $\mathbf{1.600000000000}$ が出る。

観察 3.2 一致は $12$ 桁である。$1.600000000000$ 対 $1.600000000000$、偶然の一致ではない。

観察 3.3 別の射影変換でも同じ値が出る。係数を変えた第二の写像を通しても $\mathbf{1.600000000000}$ である。一つの写像に合わせて作った量ではない。

観察 3.4 なぜ残るのか。複比は差の比の比だからである。分数変換で各差に現れる分母が、比を二回とる間にすべて消える。

観察 3.5 つまり保存量は「変換が触らないもの」ではない。複比の材料である差は全部動いている。動いた量どうしの組み合わせが動かない、という形である。

4. ただし四点には順序がある

計算 4.1:四点の並べ替えは $24$ 通りある。そのそれぞれで複比を計算する。

現れる値
$-1.666666667$
$-0.600000000$
$0.375000000$
$0.625000000$
$1.600000000$
$2.666666667$

$24$ 通りから、相異なる値は $\mathbf{6}$ 通りしか出ない。

観察 4.2 $24$ が $6$ に落ちるのは、四つずつが同じ値を与えるからである。$24/6=4$、複比を変えない並べ替えが四つある。

観察 4.3 六つの値は互いに関係している。$\lambda$ に対し $1/\lambda$、$1-\lambda$、$1/(1-\lambda)$、$\lambda/(\lambda-1)$、$(\lambda-1)/\lambda$ である。$1.6$ の逆数は $0.625$ で、実際に表にある。

観察 4.4 だから複比は「四点の量」ではない。順序つき四点の量である。順序を言わずに「複比は $1.6$」と書くのは、情報が足りない。

5. 分離子

分離子:何を動かすと値が変わるか。

観察 5.1 射影変換を動かしても複比は変わらない。二つの異なる写像で同じ $1.600000000000$ が出た。これが不変性である。

観察 5.2 四点の順序を動かすと変わる。$1.6$ が $0.625$ にも $-0.6$ にもなる。同じ四点でも値が違う。

観察 5.3 点を一つ動かせば当然変わる。複比は四点の位置の関数だからである。不変なのは変換に対してであって、点に対してではない。

観察 5.4 これは論文300 の基準で別根である。「長さの保存」は変換の族が小さいことから来る。「複比の保存」は量の組み方から来る。同じ「保存」でも出所が違う。

観察 5.5 使いどころは「見え方から実物を復元する」ところである。写真は射影変換であり、長さも比も信用できない。それでも複比は信用でき、四点が分かれば元の配置を割り出せる。

観察 5.6 正直に言えば、複比は「何でも復元できる」量ではない。直線上の四点という、かなり限られた場面の量である。強いのは、その限られた場面で本当に動かないことである。

観察 5.7 最後に一つ、「保存量が無い」と「保存量を探す場所が違う」は別である。長さを見ている限り、射影変換には保存量が無いように見える。見る量を変えると現れる。

6. 点呼と結び

  1. 長さは $1.000000\to0.500000$(観察 2.2):保たれない。
  2. 長さの比は $1.000000\to3.000000$(観察 2.3):比でも保たれない。
  3. 中点は $2.5$ に対し $2.666667$(観察 2.4):中点も写らない。
  4. 複比は $1.600000000000$(計算 3.1):$12$ 桁一致。
  5. 別の写像でも $1.600000000000$(観察 3.3):一つの写像用ではない。
  6. 差は全部動いている(観察 3.5):材料は動き、組は動かない。
  7. 並べ替えで $6$ 通り(計算 4.1):$24$ からではない。
  8. $24/6=4$(観察 4.2):変えない並べ替えが四つ。
  9. $1.6$ の逆数 $0.625$ が表にある(観察 4.3):六つは互いに関係する。
  10. 分離子は変換か順序か(観察 5.2):変換では動かず、順序では動く。

結び:射影変換は、直線上の距離に関する量をほとんど全部壊す。四点 $0,1,2,5$ を写すと長さは $\mathbf{1.000000}$ から $\mathbf{0.500000}$ になり、長さの比は $\mathbf{1.000000}$ から $\mathbf{3.000000}$ になり、中点は中点に写らない。「長さが駄目でも比なら残る」という期待は、ここで外れる。それでも一つだけ動かない量がある。四点の複比が $\mathbf{1.600000000000}$ のまま、小数点以下 $12$ 桁まで一致する。係数の違う第二の射影変換を通しても同じ $\mathbf{1.600000000000}$ が出るので、一つの写像に合わせて作った量ではない。残る理由は組み方にある。複比は差の比の比であり、分数変換で各差に現れる分母が、比を二回とる間にすべて消える。つまり保存量は「変換が触らないもの」ではない。材料である差は全部動いており、動いた量どうしの組み合わせだけが動かない。ただし複比は四点の量ではない。並べ替え $24$ 通りから相異なる値は $\mathbf{6}$ 通りしか出ず、$24/6=4$ なので複比を変えない並べ替えが四つある。六つは $\lambda$、$1/\lambda$、$1-\lambda$、$1/(1-\lambda)$、$\lambda/(\lambda-1)$、$(\lambda-1)/\lambda$ という関係で結ばれており、$1.6$ の逆数 $0.625$ が実際に表にある。だから順序を言わずに「複比は $1.6$」と書くのは情報が足りない。分けているものは一つ、変換を動かすか、順序を動かすか。変換を動かしても値は動かず、順序を動かせば動く。論文300 の基準で別根であり、「長さの保存」は変換の族が小さいことから来るのに対し、「複比の保存」は量の組み方から来る。正直に言えば、複比は「何でも復元できる」量ではなく、直線上の四点というかなり限られた場面の量である。強いのは、その限られた場面で本当に動かないことで、写真のように長さも比も信用できない場面でも四点さえ分かれば元の配置を割り出せる。最後に一つ、「保存量が無い」と「保存量を探す場所が違う」は別である。長さを見ている限り射影変換には保存量が無いように見えるが、見る量を変えると現れる。

参考文献

  1. Möbius, A. F. (1827). Der barycentrische Calcul. Leipzig: Barth.
  2. Steiner, J. (1832). Systematische Entwickelung der Abhängigkeit geometrischer Gestalten von einander. Berlin: Fincke.
  3. Coxeter, H. S. M. (1987). Projective Geometry (2nd ed.). New York: Springer.
  4. Hartley, R., & Zisserman, A. (2003). Multiple View Geometry in Computer Vision (2nd ed.). Cambridge: Cambridge University Press.
  5. 山岸勇輝 (2026). 『「次元の呪い」は一つの呪いではない』[論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
  6. 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『「保存する」には二つの根があり、ネーターは片方しか説明しない』[論文310]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172372
  8. 山岸勇輝 (2026). 『歪まない地図は存在しない。投影法が下手だからではない』[論文409]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699616
  9. 山岸勇輝 (2026). 『磁場は仕事をしないのに、粒子を閉じ込める』[論文410]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699628

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「何も保たない変換にも、保たれる量がある」[論文411]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699656

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 何も保たない変換にも、保たれる量がある [論文411]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/411 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699656

Yamagishi, Y. (2026). A Transformation That Preserves Nothing Still Has an Invariant [Paper 411]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/411; DOI: 10.5281/zenodo.22699656

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