要旨
「最寄りの駅」「一番近い店」は、地図さえあれば決まると思われている。本稿が示すのは、決まらないことである。どの距離で測るかを決めるまで、「一番近い」は定義されていない。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、これが本稿の芯である。同じ $12$ 個の母点でも、直線距離と碁盤目距離では領域の $\mathbf{12.96}$ パーセントで割り当てが入れ替わる(第2節)。
第二に、入れ替わるのは全部ではない。$87.04$ パーセントは同じ母点のままである(第2節)。
第三に、同じ距離どうしで比べると差はちょうど $\mathbf{0}$ 件である。走査器そのものの検査になっている(第2節)。
第四に、領域の平均辺数はオイラーの公式から $6$ 未満に抑えられ、母点 $1000$ 個で $\mathbf{5.9880}$ である(第3節)。
第五に、母点をいくら増やしても $6$ を超えない。上限は距離の選び方に依らない(第3節)。
第六に、分離子は「どの母点が近いか」と「領域がいくつの相手と接するか」である。前者は距離で変わり、後者は変わらない(第4節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。ボロノイ図、マンハッタン距離、オイラーの公式による平面グラフの辺数の上限はすべて既知である。定理を証明しない。オイラーの公式は既知として使い、数を入れるだけである。最適な距離を選ばない。どの距離を使うべきかは応用が決めることであり、主題ではない。道路網を扱わない。実際の経路距離、一方通行、信号待ちは主題ではない。碁盤目距離は道路網の代用ではなく、距離を一つ替えた例である。アルゴリズムを論じない。フォーチュンの走査線法などの構成法は主題ではない。高次元を扱わない。平面だけを扱う。退化を扱わない。碁盤目距離では境界が線でなく面になる配置があるが、本稿の母点はそれを避けている。既刊との関係:論文182 は「次元の呪い」が一つではないことを示し、高次元で最近傍が意味を失うことを扱った。そこでは次元が最近傍を壊した。ここでは距離の選択が壊す。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「近い」の二つの意味は、その基準で別根である。論文411 は何も保たない変換にも保存量があることを示した。そこでは変換を替えても複比が残った。ここでは距離を替えても辺数の上限が残る。論文409 は歪まない地図が存在しないことを示した。ここでも、地図があれば決まるという前提が外れる。加えたのは、入れ替わる面積を $12.96$ パーセントと数に出したこと、同じ距離どうしの差を $0$ 件として走査器を自己検査したこと、平均辺数の上限を三つの母点数で出したこと、距離で変わる量と変わらない量を並べたこと、分離子を「割り当てか、接し方か」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:平面上に母点 $p_1,\dots,p_n$ を置く。 点 $x$ の属する領域は、$x$ に最も近い母点で決める。
$$V_i=\{x: d(x,p_i)\le d(x,p_j)\ \text{for all } j\}$$
距離 $d$ として、直線距離 $\sqrt{\Delta x^2+\Delta y^2}$ と碁盤目距離 $|\Delta x|+|\Delta y|$ の二つを使う。
観察 1.1 「一番近い」は、母点の位置だけで決まりそうに見える。地図に点を打てば領域が決まる。そう思うのが自然である。
観察 1.2 だが式には $d$ が入っている。$d$ を決めなければ $V_i$ は定義されていない。位置は与えられているが、距離は与えられていない。
問い:距離を替えると、どれだけ入れ替わるのか。
2. 面積の 12.96 パーセントが入れ替わる
計算 2.1:母点 $12$ 個を置き、$400\times400$ の格子で各点の属する母点を、二つの距離それぞれで判定する。
割り当てが違う格子点は全体の $\mathbf{12.96}$ パーセントである。
観察 2.2 これは小さくない。八分の一以上の面積で「一番近い店」が別の店になる。同じ地図、同じ母点、同じ問いである。
観察 2.3 同時に、これは全部でもない。$87.04$ パーセントは同じ母点のままである。距離を替えても、たいていの場所では答が変わらない。
観察 2.4 走査器そのものを検査する。同じ距離どうしで比べると、違う格子点はちょうど $\mathbf{0}$ 件である。差が出るのが判定の仕組みのせいでないことを、この $0$ が保証する。
観察 2.5 入れ替わる場所には偏りがある。二つの母点からほぼ等距離の帯に集中する。母点の真上では、どの距離でも同じ答が出る。
3. それでも変わらないものがある
計算 3.1:ボロノイ図は平面グラフなので、オイラーの公式から領域あたりの平均辺数に上限が付く。
$$\bar{e}\le6-\frac{12}{n}$$
| 母点の数 $n$ | 平均辺数の上限 |
|---|---|
| $10$ | $4.8000$ |
| $100$ | $5.8800$ |
| $1000$ | $5.9880$ |
観察 3.2 $6$ を超えることはない。$n$ をいくら増やしても $6-12/n<6$ である。母点 $1000$ 個で $\mathbf{5.9880}$、$100$ 万個でも $6$ に届かない。
観察 3.3 この上限は距離の選び方に依らない。オイラーの公式は平面に描けることだけを使う。直線距離でも碁盤目距離でも、図は平面に描ける。
観察 3.4 つまり「誰が隣か」は距離で変わるが、「隣がいくつあるか」の上限は変わらない。同じ図の、違う層である。一方は幾何、一方は位相である。
観察 3.5 $6$ という数は蜂の巣と同じ数である。平均が $6$ に近づくからで、正六角形が敷き詰められる形だからである。ただし個々の領域が六角形になるわけではない。
4. 分離子
分離子:どの母点が近いか、それとも領域がいくつの相手と接するか。
観察 4.1 前者は距離で変わる。面積の $12.96$ パーセントで答が入れ替わる。幾何の量だからである。
観察 4.2 後者は距離で変わらない。平均辺数の上限は $6-12/n$ のままである。位相の量だからである。
観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。どちらもボロノイ図の性質と呼ばれるが、依存するものが違う。一方は距離関数、一方は平面性である。
観察 4.4 だから「ボロノイ図を描いた」だけでは足りない。どの距離で描いたかを言わなければ、図の $12.96$ パーセントは決まっていない。位置を書けば十分、ではない。
観察 4.5 正直に言えば、$12.96$ パーセントは母点の配置に依る。別の $12$ 個を置けば別の値が出る。動かないのは、$0$ にはならないという点である。二つの距離が同じ順序を与えるのは、母点が特別に並んでいるときだけである。
観察 4.6 最後に一つ、碁盤目距離を「現実の道路に近い」と言うのは、言い過ぎである。本稿はそれを主張していない。使ったのは、距離を一つ替えると何が起きるかを見るためである。
5. 点呼と結び
- 入れ替わる面積は $12.96$ %(計算 2.1):同じ母点で。
- 変わらない面積は $87.04$ %(観察 2.3):全部ではない。
- 同じ距離どうしなら差は $0$ 件(観察 2.4):走査器の自己検査。
- 入れ替わりは等距離の帯に集中(観察 2.5):母点の真上では同じ。
- $n=10$ で平均辺数の上限 $4.8000$(計算 3.1):オイラーから。
- $n=100$ で $5.8800$(計算 3.1):増えると $6$ に近づく。
- $n=1000$ で $5.9880$(計算 3.1):それでも $6$ 未満。
- 上限は距離に依らない(観察 3.3):平面性だけを使う。
- 幾何は変わり、位相は変わらない(観察 3.4):同じ図の違う層。
- 分離子は割り当てか接し方か(観察 4.3):論文300 の基準で別根。
結び:「最寄りの駅」「一番近い店」は、地図に点を打てば決まると思われている。だが領域の定義には距離 $d$ が入っており、$d$ を決めるまで「一番近い」は定義されていない。位置は与えられていても、距離は与えられていない。そして距離を替えると、実際に答が入れ替わる。同じ $12$ 個の母点を $400\times400$ の格子で判定すると、直線距離と碁盤目距離で割り当てが違う格子点が全体の $\mathbf{12.96}$ パーセントある。八分の一以上の面積で「一番近い店」が別の店になり、同じ地図、同じ母点、同じ問いでそうなる。同時にこれは全部ではなく、$\mathbf{87.04}$ パーセントは同じ母点のままで、入れ替わりは二つの母点からほぼ等距離の帯に集中する。差が判定の仕組みから出ていないことは、同じ距離どうしで比べたときの違いがちょうど $\mathbf{0}$ 件であることが保証する。それでも距離に依らないものがある。ボロノイ図は平面グラフなので、オイラーの公式から領域あたりの平均辺数は $6-12/n$ 以下であり、$n=10$ で $\mathbf{4.8000}$、$n=100$ で $\mathbf{5.8800}$、$n=1000$ で $\mathbf{5.9880}$ になる。母点をいくら増やしても $6$ には届かず、この上限は平面に描けることだけを使うので距離の選び方に依らない。$6$ が出るのは正六角形が敷き詰められる形だからだが、個々の領域が六角形になるわけではない。分けているものは一つ、どの母点が近いか、それとも領域がいくつの相手と接するか。前者は幾何の量なので距離で変わり、後者は位相の量なので変わらない。論文300 の基準で別根であり、依存しているものが距離関数か平面性かで違う。だから「ボロノイ図を描いた」だけでは足りず、どの距離で描いたかを言わなければ図の $12.96$ パーセントは決まっていない。正直に言えば、$12.96$ パーセントという値は母点の配置に依り、別の $12$ 個を置けば別の値が出る。動かないのは $0$ にはならないという点で、二つの距離が同じ順序を与えるのは母点が特別に並んでいるときだけである。最後に一つ、碁盤目距離を「現実の道路に近い」と言うのは言い過ぎであり、本稿はそれを主張していない。使ったのは、距離を一つ替えると何が起きるかを見るためである。
参考文献
- Dirichlet, G. L. (1850). Über die Reduction der positiven quadratischen Formen mit drei unbestimmten ganzen Zahlen. Journal für die reine und angewandte Mathematik.
- Voronoi, G. (1908). Nouvelles applications des paramètres continus à la théorie des formes quadratiques. Journal für die reine und angewandte Mathematik.
- Okabe, A., Boots, B., Sugihara, K., & Chiu, S. N. (2000). Spatial Tessellations (2nd ed.). Chichester: Wiley.
- Aurenhammer, F. (1991). Voronoi Diagrams: A Survey of a Fundamental Geometric Data Structure. ACM Computing Surveys.
- 山岸勇輝 (2026). 『「次元の呪い」は一つの呪いではない』[論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『歪まない地図は存在しない。投影法が下手だからではない』[論文409]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699616
- 山岸勇輝 (2026). 『何も保たない変換にも、保たれる量がある』[論文411]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699656
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「一番近い」は、距離を決めるまで決まらない」[論文412]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699661
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「一番近い」は、距離を決めるまで決まらない [論文412]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/412 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699661
Yamagishi, Y. (2026). “Nearest” Is Not Defined Until the Distance Is [Paper 412]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/412; DOI: 10.5281/zenodo.22699661
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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