要旨
一筆書きと巡回路は、どちらもグラフを一周する問題だと思われている。本稿が示すのは、同じ辺を一本足すと、片方だけが壊れることである。片方には頂点ごとの証書があり、片方には無い。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、輪グラフの全走査の本数は $(n-1)!$ に一致し、$n=10$ で $\mathbf{362880}$ 本である(第2節)。
第二に、有効なハミルトン閉路はどの $n$ でもちょうど $\mathbf{2}$ 本(往路と復路)である(第2節)。
第三に、$n$ を $1$ 増やすと走査が $\mathbf{8.0000}$ 倍、次は $\mathbf{9.0000}$ 倍と、増え方自体が増える(第2節)。
第四に、$n=20$ では次数 $\mathbf{20}$ 個 対 $\mathbf{1.216451\times10^{17}}$ 本、比は $\mathbf{6.082\times10^{15}}$ 倍である。$n=10$ ではまだ $3.629\times10^{4}$ 倍にすぎない(第3節)。
第五に、これが本稿の芯である。弦を一本足すとオイラー回路は消えるが、ハミルトン閉路は $\mathbf{2}$ 本のままである(第4節)。
第六に、分離子は「頂点ごとの証書があるか」である(第5節)。
キーワード:オイラー路、ハミルトン閉路、NP 完全、グラフ理論、局所的な証明書。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。オイラーの定理も、ハミルトン閉路問題が NP 完全であることも標準的である。計算量理論を作らない。NP 完全性の証明や P と NP の関係には立ち入らない。総当たりの規模だけを数える。よいアルゴリズムを扱わない。分枝限定法や動的計画法は使っていない。総当たりの本数は上限であって、実際に必要な手間ではない。小さなグラフしか走査していない。全走査は $n=10$ までで、$n=20$ の値は $(n-1)!$ から計算した。連結性を判定に含めていない。オイラーの条件のうち「連結」の部分は、輪グラフでは自明なので次数だけを見た。既刊との関係:論文348 は同じグラフで繋ぐのは安く並べるのは高いと示し、分離子を「順序を要求するか」に置いた。本稿の分離子はそれとは別で、「頂点ごとの証書があるか」である。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。二つの周回は別根である。論文481 は分離子が無いと反証の行き先が決まらないと示した。本稿はその分離子を一本書く。論文507 は答が接するところで決まる三つを並べた。同じく、似た形の問いが別の型を持つ場合である。加えたのは、全走査の本数が $(n-1)!$ に一致することを確かめたこと、有効な閉路が $2$ 本だと数えたこと、増え方が $8.0000$ から $9.0000$ へ動くことを示したこと、手間の比を $n=10$ と $n=20$ で並べたこと、弦一本で片方だけが壊れることを実測したことである。
1. 記法と問い
設定:頂点 $n$ 個の輪グラフを取り、二つの問いを立てる。一つは「すべての辺をちょうど一度ずつ通る閉路があるか」(オイラー回路)、もう一つは「すべての頂点をちょうど一度ずつ通る閉路があるか」(ハミルトン閉路)である。前者は各頂点の次数が偶数かを見れば足りる。後者は、頂点の並びを総当たりする。以下、全走査の本数と、有効な閉路の本数を分けて数える。
観察 1.1 一筆書きと巡回路は、どちらもグラフを一周する問題だと思われている。辺を尽くすか、頂点を尽くすか、似た形の問いに見える、という像である。
観察 1.2 だが片方は頂点ごとに答が読める。次数が偶数か、もう片方には、そういう読み方が知られていない。
問い:その差は、どこで測れるのか。
2. 全走査を数える
計算 2.1:輪グラフで、二つの判定にかかる手間を数える。
| $n$ | オイラー判定 | 全走査の本数 | 有効な閉路 |
|---|---|---|---|
| $6$ | 次数 $6$ 個 | $120$ | $\mathbf{2}$ |
| $8$ | 次数 $8$ 個 | $5040$ | $\mathbf{2}$ |
| $9$ | 次数 $9$ 個 | $40320$ | $\mathbf{2}$ |
| $10$ | 次数 $10$ 個 | $\mathbf{362880}$ | $\mathbf{2}$ |
観察 2.2 全走査の本数が $(n-1)!$ に一致する。$362880$ 対 $362880$、閉じた式との一致であり、走査が本当に全部を見ていることの確認になる。
観察 2.3 有効な閉路はどの $n$ でも $2$ 本である。往路と復路、輪グラフには周り方が二通りしかない。
観察 2.4 答が $2$ 本しかないのに、$362880$ 本を調べている。$18$ 万分の $1$ 未満、見つけるのが難しいのではなく、無いことを確かめるのが高い。
観察 2.5 増え方自体が増える。$n$ を $8$ から $9$ にすると $8.0000$ 倍、$9$ から $10$ にすると $9.0000$ 倍、指数なら比が一定になるはずで、そうならない。階乗である。
3. $n=20$ で測る
計算 3.1:$n=20$ で二つの手間を並べる。
| 判定 | 手間 |
|---|---|
| オイラー回路 | 次数 $\mathbf{20}$ 個を見るだけ |
| ハミルトン閉路(全走査) | $\mathbf{1.216451\times10^{17}}$ 本 |
| 比 | $\mathbf{6.082\times10^{15}}$ 倍 |
観察 3.2 オイラー判定は $n=20$ でも即座に終わる。$0.000000$ 秒、頂点の数だけ見ればよい。
観察 3.3 比が $10^{15}$ を超える。$6.082\times10^{15}$ 倍、同じグラフ、同じ「一周する」という言葉である。
観察 3.4 比そのものが $n$ で急に増える。$n=10$ で $3.629\times10^{4}$ 倍、$n=20$ で $6.082\times10^{15}$ 倍、$n$ を $2$ 倍にして、比が $11$ 桁増えた。
観察 3.5 だから小さい例では差が見えない。$n=10$ なら $0.2$ 秒、手元で試せる範囲では、二つは同じくらい簡単に見える。
4. 弦を一本足す
計算 4.1:六角形の輪に、向かい合う頂点を結ぶ弦を一本足す。
| 量 | 弦の前 | 弦の後 |
|---|---|---|
| 次数が奇数の頂点 | $0$ 個 | $\mathbf{2}$ 個 |
| オイラー回路 | ある | 無い |
| ハミルトン閉路の本数 | $2$ | $\mathbf{2}$ |
観察 4.2 弦一本でオイラー回路が消える。次数が奇数の頂点が $2$ 個、その二つを見るだけで判定できる。
観察 4.3 ハミルトン閉路は変わらない。$2$ 本のまま、弦を使う閉路は $1$、$2$、$4$、$5$ を尽くせないので、新しい閉路は生まれない。
観察 4.4 つまり同じ辺一本が、片方だけを壊している。オイラーは壊れ、ハミルトンは無傷、「一周する」という言葉が同じでも、辺の追加への反応が違う。
観察 4.5 壊れた側は、壊れたことを二頂点で示せる。奇数次数の頂点、「無い」という答に、短い証書が付く。
観察 4.6 無傷の側は、無傷であることを二頂点では示せない。全走査が要る。「ある」ほうは経路を見せれば済むが、「無い」ほうには短い証書が知られていない。
5. 分離子
分離子:頂点ごとの証書があるか。
観察 5.1 あるなら、局所を見て全体が決まる。次数が偶数か、$n$ 個の独立な検査で足りる。
観察 5.2 無いなら、全体を見なければ決まらない。$(n-1)!$ 本、どの頂点も、単独では何も言わない。
観察 5.3 二つは論文300 の基準で別根である。どちらも「一周できるか」、一方は局所の性質の連言、一方はそうでない。判定の型が違う。
観察 5.4 論文348 は同じ対比を別の分離子で切った。繋ぐのは安く、並べるのは高い。あちらの分離子は「順序を要求するか」だった。本稿は「局所の証書があるか」で切っており、同じ現象に二つの切り口がある。
観察 5.5 弦の実験が、二つの分離子を見分ける。順序はどちらの問いも要求している。それでも弦一本の反応が違うのだから、効いているのは順序ではなく証書の側である。
観察 5.6 これは論文481 でいう分離子の一本である。「この問題は難しい」という主張が問われたとき、規模が大きいのか、局所の証書が無いのかで、直す先が違う。
観察 5.7 正直に言えば、総当たりの本数は上限であって、必要な手間ではない。分枝限定法を使えば、多くの場合はずっと早く終わる。本稿が測ったのは「何も工夫しないとどうなるか」であり、ハミルトン閉路問題が本質的に難しいことの証明ではない。それは計算量理論の側の話である。
6. 点呼と結び
- 全走査が $(n-1)!$ に一致(観察 2.2):$n=10$ で $362880$ 本。
- 有効な閉路は $2$ 本(観察 2.3):往路と復路。
- $2$ 本のために $362880$ 本(観察 2.4):無いことの確認が高い。
- 増え方が $8.0000$ から $9.0000$ へ(観察 2.5):階乗である。
- $n=20$ で比 $6.082\times10^{15}$ 倍(計算 3.1):$n=10$ では $3.629\times10^{4}$ 倍。
- 弦一本でオイラーが消える(観察 4.2):奇数次数が $2$ 個。
- ハミルトンは $2$ 本のまま(観察 4.3):本稿の芯。
- 壊れた側には短い証書が付く(観察 4.5):二頂点で示せる。
- 分離子は局所の証書があるか(観察 5.3):論文300 の基準で別根。
- 総当たりは上限である(観察 5.7):難しさの証明ではない。
結び:一筆書きと巡回路は、どちらもグラフを一周する問題だと思われている。辺を尽くすか頂点を尽くすか、似た形の問いに見えるという像である。だが片方は頂点ごとに答が読める。次数が偶数かどうかであり、もう片方にはそういう読み方が知られていない。全走査を数える。輪グラフで全部の並びを走査すると、本数は $n=6$ で $120$、$8$ で $5040$、$9$ で $40320$、$10$ で $\mathbf{362880}$ となり、閉じた式 $(n-1)!$ に一致する。有効なハミルトン閉路はどの $n$ でも $\mathbf{2}$ 本で、輪グラフには往路と復路の二通りしかない。答が $2$ 本しかないのに $362880$ 本を調べており、見つけるのが難しいのではなく、無いことを確かめるのが高い。増え方自体が増え、$n$ を $8$ から $9$ にすると $\mathbf{8.0000}$ 倍、$9$ から $10$ にすると $\mathbf{9.0000}$ 倍、指数なら比が一定になるはずで、そうならない。階乗である。$n=20$ で測る。オイラー判定は次数 $\mathbf{20}$ 個を見るだけで $0.000000$ 秒、ハミルトンの全走査は $\mathbf{1.216451\times10^{17}}$ 本、比は $\mathbf{6.082\times10^{15}}$ 倍である。同じグラフ、同じ「一周する」という言葉である。比そのものが $n$ で急に増え、$n=10$ では $3.629\times10^{4}$ 倍にすぎない。$n$ を $2$ 倍にして、比が $11$ 桁増えた。だから小さい例では差が見えず、$n=10$ なら $0.2$ 秒で終わって、手元で試せる範囲では二つは同じくらい簡単に見える。弦を一本足す。六角形の輪に向かい合う頂点を結ぶ弦を足すと、次数が奇数の頂点が $\mathbf{2}$ 個できてオイラー回路が消える。その二つを見るだけで判定できる。ところがハミルトン閉路は $\mathbf{2}$ 本のまま変わらない。弦を使う閉路は $1$、$2$、$4$、$5$ を尽くせないので、新しい閉路は生まれない。つまり同じ辺一本が片方だけを壊しており、「一周する」という言葉が同じでも、辺の追加への反応が違う。壊れた側は、壊れたことを奇数次数の二頂点で示せる。「無い」という答に短い証書が付く。無傷の側は、無傷であることを二頂点では示せず、全走査が要る。「ある」ほうは経路を見せれば済むが、「無い」ほうには短い証書が知られていない。分けているものは一つ、頂点ごとの証書があるか。あるなら局所を見て全体が決まり、$n$ 個の独立な検査で足りる。無いなら全体を見なければ決まらず、$(n-1)!$ 本を走査することになる。どの頂点も、単独では何も言わない。二つは論文300 の基準で別根であり、どちらも「一周できるか」だが、一方は局所の性質の連言、一方はそうでない。判定の型が違う。論文348 は同じ対比を別の分離子で切り、繋ぐのは安く並べるのは高いとして「順序を要求するか」を置いた。本稿は「局所の証書があるか」で切っており、同じ現象に二つの切り口がある。そして弦の実験が二つの分離子を見分ける。順序はどちらの問いも要求しているのに、弦一本への反応が違うのだから、効いているのは順序ではなく証書の側である。これは論文481 でいう分離子の一本で、「この問題は難しい」という主張が問われたとき、規模が大きいのか局所の証書が無いのかで直す先が違う。正直に言えば、総当たりの本数は上限であって、必要な手間ではない。分枝限定法を使えば多くの場合はずっと早く終わる。本稿が測ったのは「何も工夫しないとどうなるか」であって、ハミルトン閉路問題が本質的に難しいことの証明ではない。それは計算量理論の側の話である。
参考文献
- Bondy, J. A., & Murty, U. S. R. (2008). Graph Theory. Springer.
- Euler, L. (1736). Solutio problematis ad geometriam situs pertinentis. Commentarii Academiae Scientiarum Petropolitanae.
- Karp, R. M. (1972). Reducibility Among Combinatorial Problems. In Complexity of Computer Computations, Plenum.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『同じグラフで、繋ぐのは安く、並べるのは高い』[論文348]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22683555
- 山岸勇輝 (2026). 『「法則が破れた」は、どの仮定へも落とせる』[論文481]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22733927
- 山岸勇輝 (2026). 『三つの別々の答は、どれも「接する」ところで決まっている』[論文507]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22861868
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「弦を一本足すと、局所で確かめられる性質だけが壊れる」[論文508]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22861925
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 弦を一本足すと、局所で確かめられる性質だけが壊れる [論文508]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/508 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22861925
Yamagishi, Y. (2026). Adding One Chord Destroys Only the Property That Has a Local Certificate [Paper 508]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/508; DOI: 10.5281/zenodo.22861925
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