【論文244】対象を決めるには、すべての相手が要る

要旨

米田の補題は、対象は他のすべての対象との関係で完全に決まると言う。本稿が問うのは、そのすべてである。テストする相手を減らすと、どこで分離能が落ちるか。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、6頂点のグラフは、ラベル付き $32768$ 個から同型類 $\mathbf{156}$ 類に落ちる(第3節)。

第二に、次数列では足りない。相異なる値は $102$ しかなく、$\mathbf{84}$ 類が $30$ の組の中で分離されずに残る(第3節)。

第三に、スペクトルでも足りない。相異なる値は $151$、$\mathbf{10}$ 類が 5 組で残る(第3節)。

第四に、これが本稿の芯である。三角形の個数を足しても、$151$ のまま動かない。プローブを強めたのに、分離能が一つも上がらなかった(第4節)。

第五に、群でも同じことが起きる。$D_4$ と $Q_8$ は同じ指標表を持つが、$\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/2,-)$ は $\mathbf{6}$ と $\mathbf{2}$ で分ける。ところが $\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/4,-)$ は $\mathbf{8}$ と $\mathbf{8}$ で分けない(第5節)。

第六に、米田は本体系の方法を正当化しない。補題は圏の内部の定理であり、比喩として持ち出した瞬間に第3層に落ちる(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。米田の補題、同スペクトル非同型グラフの存在、$D_4$ と $Q_8$ が同じ指標表を持つことは、いずれも標準的である。測定値を引かない。本稿の数はすべて全数え上げで得たものである。圏論を導入しない。米田の補題の主張だけを使い、証明も一般化も扱わない。グラフ同型判定の計算量を論じない。第3節は6頂点という有限の場合の全数え上げである。表現論を論じない。第5節は指標表を既知として引くだけである。米田の補題が本体系の方法を正当化するとは主張しない。むしろ本稿の第6節は、そう言いたくなることを止めるために書かれている。既刊との関係:論文152 は「同じ指標表を持ちながら、同型でない」を示した。本稿はその現象を、プローブの強さの関数として数える。論文153 は忘却関手の三段を分け、右随伴が無いことの証拠を挙げた。本稿は同じ圏論の棚の、隣の定理を扱う。論文102 は「太鼓の形は聴き分けられるか」を扱った。第3節はその有限版の全数え上げである。論文163 は「在る」と「これだ」が別の文だと示した。第6節は「決まる」と「求まる」が別の文だと言う。論文246 は同じ Hom の個数を数える道具を、随伴の検算に使う。自由群からの準同型が位数の冪になるかを見る。本稿は同じ計器で分離能を測っており、一つの計器が二つの量を測っている。加えたのはプローブの強さを三段に分けて全数え上げたこと、強いプローブを足しても分離能が上がらない場合を数で示したこと、群でも同じ構造が現れることを Hom の個数で確かめたこと、そして米田を比喩に使わないための柵を明示したことである。

1. 記法と位置づけ

米田の補題は、およそ次のことを言う。ある対象 $X$ は、他のすべての対象 $Y$ からの写像の集まり $\mathrm{Hom}(Y,X)$ によって、同型を除いて完全に決まる。

効いているのは「すべての」である。本稿は、そこを弱めたときに何が起きるかを数える。

設定:対象の集まりと、そこから情報を引き出すプローブを考える。プローブとは、対象に当てて値を返す関数である。プローブが二つの対象に同じ値を返すとき、そのプローブは二つを分離できない。

本稿は米田の補題を証明しない。主張だけを使う。

2. プローブを三段に分ける

題材:$6$ 頂点の単純グラフを取る。ラベル付きで $2^{15}=32768$ 個ある。

プローブを三つ用意する。次数列(各頂点の次数を並べて整列したもの)、スペクトル(隣接行列の固有値)、スペクトルと三角形の個数(両方を組にしたもの)。そして比較のために、同型類そのものを置く。

観察 2.1 三つは順に強くなる。スペクトルは次数列を決める(次数の総和は辺の数の二倍であり、固有値の二乗和から出る)。三角形の個数もスペクトルから出る($\mathrm{tr}(A^3)/6$ である)。したがって三段目は、二段目に何も足していないはずである。本稿はそれを数で確かめる。

3. 検算:$156$ 類を、三つのプローブで分ける

検算 3.1:$32768$ 個すべてについて、$720$ 通りの頂点の並べ替えを当てて正規形を取り、同型類を数える。

数えたもの 個数
ラベル付きグラフ $32768$
同型類 $\mathbf{156}$

検算 3.2:$156$ 類を三つのプローブで分ける。

プローブ 相異なる値 分離できない類 組の数
次数列 $102$ $\mathbf{84}$ $30$
スペクトル $151$ $\mathbf{10}$ $5$
スペクトル + 三角形の個数 $151$ $\mathbf{10}$ $5$
同型類そのもの $\mathbf{156}$ $0$ $0$

検算 3.3:スペクトルで分離できない最小の組を取り出す。

グラフ 次数列 辺 三角形
$A$ $0,1,1,1,1,4$ $4$ $0$
$B$ $0,0,2,2,2,2$ $4$ $0$

共有しているスペクトルは $-2,\ 0,\ 0,\ 0,\ 0,\ 2$ である。

観察 3.4 この二つは、次数列では分離される($0,1,1,1,1,4$ と $0,0,2,2,2,2$)。ところがスペクトルでは分離されない。弱いプローブが分けて、強いプローブが分けない。「強い」は、分離能について全順序ではない。

4. 芯:プローブを強めても、分離能が上がらないことがある

三角形の個数を足したのに、相異なる値は $151$ のまま、分離できない類は $10$ のままであった。

観察 4.1 三角形の個数は、スペクトルの関数である($\mathrm{tr}(A^3)/6$)。したがって、足しても情報が増えない。数はそのとおりに動かなかった。予想どおりであることを、数が確認している。

観察 4.2 ここが本稿の芯である。プローブを増やしたときに分離能が上がるかどうかは、増やしたものが既存のプローブから復元できるかで決まる。「もっと多くの不変量を測れば、いつかは分かる」は正しくない。独立でない不変量をいくら足しても、一歩も進まない。

観察 4.3 米田の補題が要求しているのは、この意味で独立な相手を、取り尽くすことである。有限個のプローブでは、原理的に足りないことがある。$156$ 類のうち $10$ 類が、$151$ の値の中に隠れた。

5. 群でも、同じことが起きる

検算 5.1:$D_4$(正方形の対称性)と $Q_8$(四元数群)を取る。この二つは同じ指標表を持ち、同型でない(論文152)。$\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/n,G)$ の個数、すなわち $g^n=e$ を満たす元の個数を数える。

群 $n=1$ $n=2$ $n=3$ $n=4$
$\mathbb{Z}/6$ $1$ $2$ $3$ $2$
$S_3$ $1$ $4$ $3$ $4$
$D_4$ $1$ $\mathbf{6}$ $1$ $\mathbf{8}$
$Q_8$ $1$ $\mathbf{2}$ $1$ $\mathbf{8}$

観察 5.2 $\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/2,-)$ は $6$ と $2$ で、二つを分ける。指標表は分けられなかったのに、たった一つの相手からの写像を数えるだけで分かれた。

観察 5.3 ところが $\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/4,-)$ は $8$ と $8$ で、分けない。同じ形のプローブでも、相手を取り替えると分離能が変わる。どの相手が効くかは、あらかじめ分からない。だから米田は「すべての相手」を要求する。

観察 5.4 同じ計器が、隣の論文では別の量を測っている。論文246 は、自由群からの準同型の個数が位数の $n$ 乗ちょうどになるかを数え、随伴があるかどうかを検算する。本節が同じ数え方で測ったのは分離能である。$\mathrm{Hom}$ の個数という一つの計器で、片方は対を持つかを、片方は分けられるかを測っている。

6. 米田は、方法を正当化しない

ここは柵である。米田の補題は「対象は、他との関係で決まる」と読める。本体系の方法(ものが何かではなく、何と何を分けるかで書く)と、形が似ている。

観察 6.1 似ていることは、正当化ではない。米田の補題は圏の内部の定理であり、Hom 集合と自然変換という具体的な対象についての主張である。方法論はその対象ではない。したがって補題は、方法論について何も言っていない。

観察 6.2 二つの読み方を分ける。(a) 定理としての米田:Hom 関手が忠実充満である。証明がある。(b) 比喩としての米田:ものは関係で決まる。証明は無い。(b) を (a) の権威で語ることが、本体系がずっと避けてきた事故である。

観察 6.3 論文163 は「在る」と「これだ」が別の文だと示した。ここでも同じ形の区別が要る。「決まる」と「求まる」は別の文である。米田は $X$ が決まると言う。求め方は与えない。

7. 分離子と柵

分離子:そのプローブが、既存のプローブから復元できるか。復元できるなら、足しても分離能は上がらない。復元できないなら、上がりうる。

柵:

  1. 「強いプローブ」は分離能の全順序を与えない。次数列が分けてスペクトルが分けない組がある。
  2. 有限個のプローブで足りるとは言わない。$6$ 頂点で既に $10$ 類が残った。
  3. 米田の補題は本体系の方法を正当化しない。
  4. 「決まる」は「求まる」を意味しない。
  5. グラフ同型判定の計算量については何も言わない。

8. 点呼と結び

  1. $6$ 頂点の同型類は $156$(検算3.1)。
  2. 次数列では $84$ 類が残る(検算3.2):相異なる値 $102$。
  3. スペクトルでも $10$ 類が残る(検算3.2):相異なる値 $151$。
  4. 三角形を足しても $151$ のまま(第4節):分離能が上がらない。
  5. 弱いプローブが分ける組がある(検算3.3):次数列は分け、スペクトルは分けない。
  6. $\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/2,-)$ は $D_4$ と $Q_8$ を分ける(検算5.1):$6$ と $2$。
  7. $\mathrm{Hom}(\mathbb{Z}/4,-)$ は分けない(検算5.1):$8$ と $8$。

結び:米田の補題が要求しているのは「すべての相手」である。その「すべて」を有限で置き換えると、落ちるものがある。しかも、落ちるかどうかはプローブの強さでは決まらない。次数列が分ける組をスペクトルが分けず、三角形を足しても一つも増えなかった。「もっと測れば分かる」は、独立なものを測るときだけ正しい。そして最後に柵を一つ。米田は「ものは関係で決まる」と読めるが、それは比喩の側である。定理は Hom 関手について語っており、方法論については何も語っていない。

改訂記録

第2版(2026年8月):主張・定理・検算はいずれも第1版から変更していない。加えたのは相互参照の一点である。本稿と論文246(「自由」と「忘却」は対になっている)は同日に公開されたため、初版の時点ではどちらにもまだ DOI が無く、たがいを指すことができなかった。第2版では観察5.4を置き、参考文献に論文246を DOI つきで加えた。同じ Hom の個数を数える計器が、本稿では分離能を、論文246 では随伴の有無を測っている。あわせて、本文に付けていた注意と強調の記号を削除した。読みやすさのために付けていたが、体系全体で用法が揃っていなかったためである。内容に関わる変更は無く、撤回した内容も無い。

参考文献

  1. Mac Lane, S. (1998). Categories for the Working Mathematician, 2nd edition. New York: Springer.
  2. Riehl, E. (2016). Category Theory in Context. Mineola: Dover.
  3. Cvetkovic, D., Rowlinson, P., Simic, S. (2010). An Introduction to the Theory of Graph Spectra. Cambridge: Cambridge University Press.
  4. Serre, J.-P. (1977). Linear Representations of Finite Groups. New York: Springer.
  5. Kac, M. (1966). Can one hear the shape of a drum? The American Mathematical Monthly, 73.
  6. 山岸勇輝 (2026). スペクトルから形を聴く [論文102]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836735
  7. 山岸勇輝 (2026). ホップは三人いる [論文125]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079384
  8. 山岸勇輝 (2026). 同じ指標表を持ちながら、同型でない [論文152]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084202
  9. 山岸勇輝 (2026). 何を忘れたかは、写像を数えれば分かる [論文153]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084355
  10. 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
  11. 山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098419
  12. 山岸勇輝 (2026). 「自由」と「忘却」は対になっている [論文246]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22159771

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「対象を決めるには、すべての相手が要る」[論文244]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22159697

YOI 244第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 対象を決めるには、すべての相手が要る [論文244]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/244 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22159697

Yamagishi, Y. (2026). To Determine an Object You Need Every Other One [Paper 244]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/244; DOI: 10.5281/zenodo.22159697

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