【論文349】蜃気楼に要るのは、気温が下がる勾配ではなく、上がる勾配である

要旨

空気は温度で密度が変わり、光はその中で曲がる。本稿が問うのは、どれだけの温度勾配があれば、光が地球の丸みに沿うかである。答は、標準大気の $\mathbf{20.2078}$ 倍で、向きが逆である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、要るのは $\mathbf{+0.131351}$ K/m、すなわち高さとともに気温が上がる逆転層である(第3節)。

第二に、これが本稿の芯である。標準大気は $-0.006500$ K/m で気温が下がるので、向きが逆である(第3節)。

第三に、屈折率を動かしているのは温度だけではない。高さとともに気圧が下がる効果のほうが大きく、尺度高さは $8434.4$ m である(第2節)。

第四に、標準大気でも光は少し曲がる。屈折係数は $\mathbf{0.1671}$ で、通説の 約 $0.13$ に入る(第2節)。

第五に、勾配が $+1$ K/m あれば、曲率半径は地球半径の $0.1600$ 倍になる(第3節)。

第六に、分離子は「気温が上がるか、下がるか」である(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。空気の屈折率が密度に比例すること、静水圧平衡、屈折係数、逆転層はいずれも標準的である。気象学を作らない。逆転層がどうやってできるか、放射冷却や海面の温度差には立ち入らない。触れるにとどめる。光線追跡をしない。一様な勾配のもとでの曲率半径だけを見る。実際の蜃気楼は勾配が高さで変わる場所に起きる。像の形を計算しない。上位蜃気楼と下位蜃気楼の見え方、倒立像の枚数には入らない。湿度を扱わない。乾燥空気とする。水蒸気の効果は主題にしない。観測記録を扱わない。特定の日時・場所の蜃気楼は主題にしない。既刊との関係:論文325 は虹の角度に水滴の大きさが入っていないと示した。そこでは大きさが入らず、ここでは温度勾配だけがすべてを決める。どちらも「何が式に入るか」を数える。論文328 は光行差が距離に依らないと示した。そこでも本稿でも、大気や運動が像の位置を動かしている。論文340 は最短の道が航海者の道でないと示した。そこで扱った水平線の見え方は、本稿の屈折係数がそのまま効く場所である。論文300 は同根か別根かは判定できると示した。本稿の温度による寄与と気圧による寄与は、判定に掛ければ別根である。加えたのは気圧の寄与と温度の寄与を分けて数で出したこと、必要な勾配が逆転層であることを符号つきで示したこと、標準大気の屈折係数を計算して通説と照らしたこと、分離子を「気温が上がるか下がるか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:空気の屈折率 $n$ は、$n-1$ が密度に比例する。乾燥空気の $15$ ℃・$1$ 気圧で $n-1=2.732600\times10^{-4}$ である。密度は $P/T$ に比例するので

$$\frac{d(n-1)}{dh}=(n-1)\Bigl[\frac{1}{P}\frac{dP}{dh}-\frac{1}{T}\frac{dT}{dh}\Bigr]$$

となる。

観察 1.1 右辺には二つの項がある。気圧が高さとともに下がる項と、気温が高さとともに変わる項である。どちらも屈折率を動かすが、大きさが違う。

観察 1.2 屈折率が高さ方向に変わると、光線は曲がる。曲率半径は $R=1/|dn/dh|$ である。この $R$ が地球半径に等しくなれば、光は地面に沿って進む。

観察 1.3 本稿の測り方を先に固定する。$T=288.15$ K、乾燥空気、静水圧平衡とし、$dT/dh$ は上がるとき正と書く。符号を先に決めておかないと、答の向きが読めない。

問い:どれだけの温度勾配があれば、光が地球の丸みに沿うのか。

2. 屈折率を動かしているのは、主に気圧である

検算 2.1:二つの項を分けて計算する(本稿で計算)。

項 式 値
気圧の尺度高さ $H=R_sT/g$ $\mathbf{8434.4}$ m
気圧の項 $-1/H$ $-1.185617\times10^{-4}$ /m
温度の項(標準大気) $-(dT/dh)/T$ $+2.255770\times10^{-5}$ /m

観察 2.2 気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍ある。標準大気の減率のもとでは、光を曲げているものの多くは、気温ではなく気圧である。

観察 2.3 そして二つの符号が逆である。気圧は高さとともに下がって $n$ を下げ、標準大気の気温も下がって $n$ を上げる。打ち消し合っている。それでも気圧が勝つ。

検算 2.4:標準大気での光線の曲率と、屈折係数を出す(本稿で計算)。

量 値
標準大気での光線の曲率半径 $38118.4$ km
地球半径 $6371.0$ km
屈折係数 $k=$ 地球曲率/光線曲率 $\mathbf{0.1671}$

観察 2.5 自己検査、屈折係数 $0.1671$ は、測量で使われる通説の 約 $0.13$ と同じ桁に入る。最初、温度の項だけで計算したところ $0.0393$ となり、通説と一桁近く外れた。気圧の項を落としていたためである。この検査が無ければ、本稿は誤った値を載せていた。

観察 2.6 $k=0.1671$ は、何もしなくても光が少し下向きに曲がることを意味する。だから水平線は、幾何だけで計算するより少し遠くに見える。論文340 が扱った海の水平線には、この効果がそのまま乗っている。

3. 芯:要るのは逆転層である

検算 3.1:曲率半径が地球半径に等しくなる $dT/dh$ を解く(本稿で計算)。

量 値
必要な $dT/dh$ $\mathbf{+0.131351}$ K/m
標準大気の $dT/dh$ $-0.006500$ K/m
大きさの比 $\mathbf{20.2078}$ 倍
向き 逆

観察 3.2 これが本稿の芯である。符号が正である。高さとともに気温が上がらなければならない。標準大気は下がるので、向きが逆である。

観察 3.3 $+0.131351$ K/m は、一メートル上がるごとに $0.13$ 度暖かくなるということである。目の高さの $1.7$ m で $0.2233$ 度、数字としては小さいが、標準大気の $20.2078$ 倍の急さである。

検算 3.4:勾配ごとの曲率半径を並べる(本稿で計算)。

$dT/dh$ [K/m] 曲率半径 [km] 地球半径との比
$-0.006500$(標準大気) $38118.4$ $5.9831$
$0.000000$(等温) $30865.9$ $4.8448$
$+0.050000$ $12529.1$ $1.9666$
$+0.100000$ $7859.7$ $1.2337$
$\mathbf{+0.131351}$ $\mathbf{6371.0}$ $\mathbf{1.0000}$
$+0.300000$ $3155.6$ $0.4953$
$+1.000000$ $1019.7$ $0.1600$

観察 3.5 等温でも曲率半径は地球半径の $4.8448$ 倍である。気温を一切変えなくても、気圧だけで光は曲がる。温度勾配はゼロから始まるのではなく、既にある曲がりに足し引きしている。

観察 3.6 $+1$ K/m あれば、曲率半径は地球半径の $0.1600$ 倍になる。光が地球より急に曲がる。このとき地平線より下の物が浮き上がって見え、上位蜃気楼になる。

観察 3.7 逆に気温が急に下がる場合(地面が熱いとき)、光は上向きに曲がる。$dT/dh$ が大きく負になると $dn/dh$ の符号が変わる。これが逃げ水(下位蜃気楼)で、空が地面に映って見える。同じ式の、符号の反対側である。

4. 同じ式が、二種類の蜃気楼を作る

観察 4.1 一つの式の中で、$dT/dh$ の符号だけが二つの現象を分けている。

$dT/dh$ 光の曲がる向き 見えるもの
上位蜃気楼 大きく正(逆転層) 下向きに強く 地平線の下の物が浮く
標準大気 $-0.0065$ 下向きに弱く 水平線が少し遠い
下位蜃気楼 大きく負(地面が熱い) 上向き 逃げ水

観察 4.2 三つは別の現象ではない。同じ $dn/dh$ の、値と符号が違うだけである。論文300 の基準に当てれば同根であり、分けているのは一つの数の符号である。

観察 4.3 ただし気圧の項と温度の項は、別根である。気圧の項は静水圧平衡から、温度の項は熱の分布から出る。片方を動かしても他方は動かない。同じ $dn/dh$ に二つの独立な入口がある。

観察 4.4 正直に書くべき点、本稿は勾配が一様だと仮定している。実際の蜃気楼は、勾配が高さとともに急に変わる薄い層で起きる。倒立像が現れるのはそのためで、一様な勾配では像は歪むだけで反転しない。本稿の数は「どれだけ急なら地球に沿うか」の目安であって、像の形の説明ではない。

観察 4.5 論文325 との位置関係。325 は虹の角度に水滴の大きさが入らないと書いた。本稿は逆で、温度勾配という一つの量がすべてを決める。入らない場合と、それしか入らない場合の対である。

5. 分離子:気温が上がるか、下がるか

観察 5.1 分離子、高さとともに気温が上がるか、下がるか。

符号 屈折率の勾配 起きること
逆転層 $dT/dh>0$ 強く負 光が地球に沿う
通常の減率 $dT/dh<0$ 弱く負 水平線がやや遠い

観察 5.2 分離子は、空気の側にも光の側にもない。同じ空気、同じ光、同じ式である。差を作っているのは、どちらが暖かいかという配置だけである。

観察 5.3 分離子は動かせる。冷たい海面の上に暖かい空気が乗れば逆転層ができ、熱い舗装の上なら逆になる。同じ日に、海では上位蜃気楼が、道路では逃げ水が起きうる。

観察 5.4 必要な急さは、日常の感覚では大きい。$0.131351$ K/m は、$10$ m 上がるだけで $1.3135$ 度暖かくなるということである。そういう層は、海面や雪面の上でしか安定して作れない。蜃気楼が特定の場所に偏るのはそのためである。

観察 5.5 正直に書くべき点、本稿は「地球に沿う」という一点だけを基準にした。実際の蜃気楼はそこまで急でなくても見える。$+0.131351$ K/m は蜃気楼の閾値ではなく、光が地面と平行に走る特別な値である。

観察 5.6 最後に一つ、標準大気でも $k=0.1671$ だけ曲がっている。つまり我々が普段見ている水平線は、既に屈折で持ち上げられた像である。蜃気楼が特別なのではなく、屈折が無い日が無いだけである。

6. 点呼と結び

  1. 必要な勾配は $+0.131351$ K/m(検算3.1):気温が上がる向き。
  2. 標準大気の $20.2078$ 倍で向きが逆(検算3.1):標準は $-0.006500$ K/m。
  3. 気圧の尺度高さは $8434.4$ m(検算2.1):気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍。
  4. 標準大気の屈折係数 $k=0.1671$(検算2.4):通説 約 $0.13$ と同じ桁。
  5. 温度だけで計算すると $0.0393$(観察2.5):最初これで外した。
  6. 等温でも地球半径の $4.8448$ 倍(検算3.4):気圧だけで曲がる。
  7. $+1$ K/m で $0.1600$ 倍(検算3.4):地球より急に曲がる。
  8. 符号を変えると逃げ水になる(観察3.7):同じ式の反対側。
  9. 気圧の項と温度の項は別根(観察4.3):独立な二つの入口。
  10. 水平線は既に屈折で持ち上げられている(観察5.6):屈折が無い日は無い。

結び:空気の屈折率は密度に比例し、密度は $P/T$ に比例するので、屈折率の高さ方向の勾配には気圧の項と温度の項の二つがある。そして標準大気では、気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍ある。光を曲げているものの多くは、気温ではなく気圧である。そのため標準大気でも光は少し曲がっている。曲率半径 $38118.4$ km、屈折係数 $k=\mathbf{0.1671}$ で、測量で使われる通説の 約 $0.13$ と同じ桁である。最初、温度の項だけで計算して $0.0393$ を得たが、これは気圧の項を落としていたためで、一桁近く外れていた。光が地球の丸みに沿うには、$dT/dh=\mathbf{+0.131351}$ K/m が要る。符号が正である。高さとともに気温が上がらなければならない。標準大気は $-0.006500$ K/m で下がるので、大きさで $\mathbf{20.2078}$ 倍、そして向きが逆である。一メートル上がるごとに $0.13$ 度暖かくなる層、それが逆転層である。等温でも曲率半径は地球半径の $4.8448$ 倍あり、温度勾配はゼロから始まるのではない。既にある曲がりに足し引きしている。$+1$ K/m なら $0.1600$ 倍で、光が地球より急に曲がり、地平線の下の物が浮き上がる。逆に地面が熱くて気温が急に下がれば $dn/dh$ の符号が変わり、光は上向きに曲がって逃げ水になる。三つは別の現象ではない。同じ $dn/dh$ の、値と符号が違うだけである。ただし気圧の項と温度の項は別根で、片方を動かしても他方は動かない。同じ勾配に、独立な二つの入口がある。分けるものは一つ、高さとともに気温が上がるか、下がるか。分離子は空気の側にも光の側にもない。同じ空気、同じ光、同じ式で、差を作っているのはどちらが暖かいかという配置だけである。冷たい海面の上に暖かい空気が乗れば逆転層ができ、熱い舗装の上なら逆になる。同じ日に、海では上位蜃気楼が、道路では逃げ水が起きうる。正直に書いておく。本稿は勾配が一様だと仮定している。実際の蜃気楼は勾配が急に変わる薄い層で起きるので、倒立像が現れる。$+0.131351$ K/m は蜃気楼の閾値ではなく、光が地面と平行に走る特別な値である。最後に一つ、標準大気でも $k=0.1671$ だけ曲がっている。つまり我々が普段見ている水平線は、既に屈折で持ち上げられた像である。蜃気楼が特別なのではなく、屈折が無い日が無いだけである。

参考文献

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  2. Ciddor, P. E. (1996). Refractive Index of Air: New Equations for the Visible and Near Infrared. Applied Optics, 35(9).
  3. Tape, W. (1985). The Topology of Mirages. Scientific American, 252(6).
  4. Lehn, W. H. (1979). The Novaya Zemlya Effect: An Arctic Mirage. Journal of the Optical Society of America, 69(5).
  5. Bomford, G. (1980). Geodesy, 4th edition. Oxford: Clarendon Press.
  6. 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 虹の角度に、水滴の大きさは入っていない [論文325]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22209848
  8. 山岸勇輝 (2026). 同じ楕円が三ヶ月ずれていたことが、原因が別だという証拠になった [論文328]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22210340
  9. 山岸勇輝 (2026). 最短の道は、航海者が舵を切る道ではない [論文340]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682089

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「蜃気楼に要るのは、気温が下がる勾配ではなく、上がる勾配である」[論文349]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22695287

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 蜃気楼に要るのは、気温が下がる勾配ではなく、上がる勾配である [論文349]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/349 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22695287

Yamagishi, Y. (2026). A Mirage Needs Temperature Rising with Height, Not Falling [Paper 349]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/349; DOI: 10.5281/zenodo.22695287

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