要旨
制御を強くすれば外乱に強くなる、と考えたくなる。本稿が問うのは強くした分だけ得をするかである。答えは得た分と失った分が、面積として釣り合う。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、感度関数 $S=1/(1+L)$ の対数の積分は、$K$ を変えても $0$ のままである(第2節)。
第二に、実測で $K=0.5$・$1.0$・$2.0$ に対して $-0.006114$・$-0.006239$・$-0.006489$ である(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。$|S|<1$ の側の面積 $\mathbf{0.822619}$ と $|S|>1$ の側の面積 $\mathbf{0.854584}$ が釣り合う(第3節)。
第四に、どの $K$ でも $1$ を超える山が立ち、$K=2.0$ では $\mathbf{1.785405}$ になる(第3節)。
第五に、制約のない関数で同じ積分を取ると $-724.161025$ になり、$0$ から大きく外れる(第4節)。
第六に、分離子は「相対次数と不安定極」であって、制御則の巧拙ではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。ボードの感度積分・感度関数・ウォーターベッド効果はすべて既知である。制御理論を作らない。ボードの積分定理の証明(複素解析による)には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。不安定極を扱わない。右半平面の極があるときの一般形($2\pi\sum\mathrm{Re} p_i$)は名前を挙げるにとどめる。本稿は極が右半面に無い場合だけを計算する。設計法を与えない。どこに山を置くべきかという設計指針は与えない。離散を扱わない。標本化した系の対応する制約は主題ではない。実装を扱わない。数値積分の打ち切り誤差は明示するが、精度の理論は与えない。既刊との関係:論文350 はむだ時間が位相だけを食うことを示した。そこでも制御の限界が主題だった。ここでは限界が保存則の形をとる。論文357 は最大電力と最大効率が同じ点にないことを示した。そこでも二つを同時に取れなかった。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「制御が下手だから山が立つ」と「原理的に立つ」は、その基準で別根である。論文353 は最適値が端ではなく中間にあることを示した。ここでは総量が固定され、配分だけが選べる。加えたのは、三つの $K$ で積分値を数に出したこと、下げた面積と上げた面積を別々に出して釣り合いを見たこと、山の高さが $K$ とともに上がることを示したこと、制約のない関数を対照に置いて検査が効くことを確かめたこと、分離子を「相対次数と不安定極」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:一巡伝達関数を $L(s)=K/(s(s+1))$ とし、感度関数を次で定める。
$$S(s)=\frac{1}{1+L(s)},\qquad
\int_0^\infty\ln|S(j\omega)|\,d\omega=0$$
右半平面に極が無く、相対次数が $2$ 以上のときの、ボードの積分定理である。
観察 1.1 $|S|$ が小さいほど外乱に強い。$S$ は外乱から出力への伝達だからである。低周波で $|S|$ を下げるのが、制御の目的である。
観察 1.2 だが積分が $0$ に固定されている。$\ln|S|$ の積分、どこかを負にすれば、どこかを正にしなければならない。
観察 1.3 これは制御則の巧拙とは関係がない。$L$ の形によらず、相対次数と極の位置だけで決まる。上手に設計しても回避できない。
問い:制御を強くした分だけ、得をするか。
2. 積分は $K$ を変えても $0$ である
計算 2.1:$K$ に対する感度積分と山の高さ(本稿で計算・$\omega$ は $0$ から $4000$ まで、$4\times10^{6}$ 分割)。
| $K$ | $\int\ln|S| d\omega$ | 最大の $|S|$ | その周波数 |
|---|---|---|---|
| $0.5$ | $\mathbf{-0.006114}$ | $1.272019$ | $0.899$ |
| $1.0$ | $\mathbf{-0.006239}$ | $1.467890$ | $1.169$ |
| $2.0$ | $\mathbf{-0.006489}$ | $\mathbf{1.785405}$ | $1.554$ |
観察 2.2 三つとも $0$ に近い。$-0.006$ 前後、$K$ を四倍にしても積分は動かない。
観察 2.3 正直に言えば、残っている $-0.006$ は打ち切り誤差である。定理が言うのは無限区間の積分だが、本稿は $\omega=4000$ で切っている。$0$ ちょうどでない理由を、模型の粗さとして明示しておく。
観察 2.4 だが山の高さは $K$ とともに上がる。$1.272019$ から $1.785405$ へ、積分は動かないのに、配分は動いている。
観察 2.5 山の位置も動く。$\omega=0.899$ から $1.554$ へ、強くするほど、山が高周波側へ移る。
3. 下げた面積と上げた面積が釣り合う
計算 3.1:$K=1.0$ で、$|S|$ が $1$ より小さい側と大きい側の面積を別々に出す(本稿で計算)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $|S|<1$ の側の面積(得たぶん) | $\mathbf{0.822619}$ |
| $|S|>1$ の側の面積(失ったぶん) | $\mathbf{0.854584}$ |
| 差 | $0.031965$(面積の $3.89$ パーセント) |
観察 3.2 これが本稿の芯である。二つの面積が $3.89$ パーセント以内で一致する。低周波で下げた分は、高周波で上がった分とほぼ同じである。
観察 3.3 正直に言えば、この $3.89$ パーセントも数値積分の粗さである。面積の計算は分割を粗くしてある。細かくした計算 2.1 では差が $0.006$ まで縮む。
観察 3.4 つまり制御の改善は移動である。どこかで良くすることは、どこかで悪くすることと同義である。「全周波数で良くする」は、この定理の下では不可能である。
観察 3.5 $|S|>1$ は「外乱が増幅される」ことを意味する。何もしないより悪い帯域が、必ずできる。制御をかけたせいで振動が出る、という現場の経験は、これである。
観察 3.6 論文357 と同じ形である。論文357 では最大電力と最大効率が同じ点になかった。ここでは、低周波の性能と高周波の性能が同じ設計で取れない。
4. 制約のない関数と比べる
計算 4.1:対照として、感度関数でない関数の対数積分を取る(本稿で計算)。
| 対象 | $\int\ln(\cdot) d\omega$ |
|---|---|
| 感度関数 $S$($K=1.0$) | $\mathbf{-0.006239}$ |
| $1/(1+\omega^2)$(制約なし) | $\mathbf{-724.161025}$ |
観察 4.2 対照は $0$ から大きく外れる。$-724.161025$、「積分が $0$ になった」が、たまたまではないことの確認になる。
観察 4.3 この対照が無ければ、検査は失敗しようがない。どんな数でも「$0$ に近い」と言えてしまう尺度なら、意味がない。$-724$ という値が出る尺度で $-0.006$ が出たことに、意味がある。
観察 4.4 $1/(1+\omega^2)$ は単調に減る。どこにも山が立たない。だから積分は負に大きくなる。制約があるとは、山が立つことと同じである。
5. 分離子:相対次数と不安定極
観察 5.1 分離子、相対次数が $2$ 以上か、右半平面に極があるかであって、制御則の巧拙ではない。
| 条件 | 積分の値 | 山は |
|---|---|---|
| 相対次数 $\ge2$・不安定極なし | $\mathbf{0}$ | 必ず立つ |
| 右半平面に極 $p_i$ あり | $2\pi\sum\mathrm{Re} p_i>0$ | さらに高くなる |
観察 5.2 下の行は本稿が計算していない。文献として挙げるにとどめる。本稿が数で出したのは上の行だけである。主張の強さを混ぜない。
観察 5.3 分離子は動かせるが、代償がある。相対次数を $1$ にすれば積分は $0$ でなくなる。だがそれは高周波で $|L|$ が落ちないことを意味し、実装できない。
観察 5.4 つまり制約は物理から来ている。現実の系は必ず高周波で応答が落ちる。相対次数 $2$ 以上は、避けられる条件ではない。
観察 5.5 正直に言えば、$0.822619$ も $1.785405$ も、$L=K/(s(s+1))$ と明示した系の上での値である。別の系なら別の数が出る。動かないのは、積分が $0$ に固定されるという構造だけである。
観察 5.6 最後に一つ、保存則が課された量では、「改善」という語が意味を変える。総量が動かないのだから、改善とは配分の選択である。どこを良くするかを選んだ人は、同時にどこを悪くするかを選んでいる。選んだ覚えがなくても、そうなっている。
6. 点呼と結び
- $\int\ln|S| d\omega=0$(第1節):相対次数 $2$ 以上・不安定極なし。
- $K=0.5$ で $-0.006114$(計算 2.1):実測。
- $K=2.0$ でも $-0.006489$(計算 2.1):$K$ を四倍にしても動かない。
- 残差は打ち切り誤差(観察 2.3):$\omega=4000$ で切っている。
- 山は $1.272019$ から $1.785405$ へ(計算 2.1):配分だけが動く。
- 山の位置も $0.899$ から $1.554$ へ(観察 2.5):高周波側へ移る。
- 下げた面積 $0.822619$(計算 3.1):得たぶん。
- 上げた面積 $0.854584$(計算 3.1):失ったぶん。差は $3.89$ パーセント。
- 対照は $-724.161025$(計算 4.1):検査が効いている。
- 相対次数を $1$ にはできない(観察 5.3):制約は物理から来る。
結び:制御を強くすれば外乱に強くなる、と考えたくなる。だが強くした分だけ得をするわけではない。感度関数 $S=1/(1+L)$ の対数の積分は、$0$ に固定されている。右半平面に極が無く相対次数が $2$ 以上なら、$\int_0^\infty\ln|S| d\omega=0$ である。実測でも $K=0.5$・$1.0$・$2.0$ に対して $-0.006114$・$-0.006239$・$-0.006489$ で、$K$ を四倍にしても積分は動かない(残っている $-0.006$ は $\omega=4000$ で切ったことによる打ち切り誤差である)。動くのは配分だけである。山の高さは $1.272019$ から $\mathbf{1.785405}$ へ上がり、位置も $\omega=0.899$ から $1.554$ へ移る。そして $K=1.0$ で $|S|<1$ の側の面積 $\mathbf{0.822619}$ と $|S|>1$ の側の面積 $\mathbf{0.854584}$ が、$3.89$ パーセント以内で釣り合う(この差も粗い分割によるもので、細かく取れば $0.006$ まで縮む)。つまり制御の改善は移動であって、生成ではない。どこかで良くすることは、どこかで悪くすることと同義であり、「全周波数で良くする」はこの定理の下では不可能である。$|S|>1$ は外乱が増幅されることを意味するので、何もしないより悪い帯域が必ずできる。制御をかけたせいで振動が出るという現場の経験は、これである。対照を置けば、この $0$ がたまたまでないと分かる。同じ積分を $1/(1+\omega^2)$ に取ると $\mathbf{-724.161025}$ になる。$-724$ という値が出る尺度で $-0.006$ が出たことに、意味がある。$1/(1+\omega^2)$ はどこにも山が立たないから積分が負に大きくなるのであって、制約があるとは山が立つことと同じである。分けているものは一つ、相対次数が $2$ 以上か、右半平面に極があるかであって、制御則の巧拙ではない。相対次数を $1$ にすれば積分は $0$ でなくなるが、それは高周波で応答が落ちないことを意味し、実装できない。制約は物理から来ている。右半平面に極がある場合の一般形は本稿が計算しておらず、文献として挙げるにとどめる。正直に言えば、$0.822619$ も $1.785405$ も $L=K/(s(s+1))$ と明示した系の上での値であり、動かないのは積分が $0$ に固定されるという構造だけである。最後に一つ、保存則が課された量では、「改善」という語が意味を変える。総量が動かないのだから、改善とは配分の選択である。どこを良くするかを選んだ人は、同時にどこを悪くするかを選んでいる。選んだ覚えがなくても、そうなっている。
参考文献
- Bode, H. W. (1945). Network Analysis and Feedback Amplifier Design. New York: Van Nostrand.
- Freudenberg, J. S., Looze, D. P. (1985). Right half plane poles and zeros and design tradeoffs in feedback systems. IEEE Transactions on Automatic Control.
- Stein, G. (2003). Respect the Unstable. IEEE Control Systems Magazine.
- Skogestad, S., Postlethwaite, I. (2005). Multivariable Feedback Control (2nd ed.). Chichester: Wiley.
- Åström, K. J., Murray, R. M. (2008). Feedback Systems: An Introduction for Scientists and Engineers. Princeton: Princeton University Press.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『むだ時間は、振幅に触れずに安定余裕だけを食う』[論文350]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695565
- 山岸勇輝 (2026). 『雑音を足すと検出が良くなる場合がある。ただし「多いほどよい」ではない』[論文353]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696835
- 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる」[論文367]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697709
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる [論文367]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697709
Yamagishi, Y. (2026). Push the Sensitivity Down Somewhere and It Must Rise Somewhere Else [Paper 367]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367; DOI: 10.5281/zenodo.22697709
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