要旨
捕食者と被食者は周期的に増減する、と説明される。本稿が問うのはその周期の大きさを何が決めるかである。答えは方程式ではなく、初期値が決めている。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、ロトカ=ヴォルテラ系の不動点は $(c/d, a/b)=(13.3333, 10.0000)$ である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。初期値 $(13,10)$ では振幅比 $\mathbf{1.0518}$、$(30,10)$ では $\mathbf{6.8463}$ になる(第2節)。
第三に、係数 $a$・$b$・$c$・$d$ は一つも変えていない(第2節)。
第四に、保存量 $V$ が軌道上でほぼ一定であり、ずれは $\mathbf{1.457\times10^{-4}}$(数値解法の誤差)である(第3節)。
第五に、時間を倍にしても振幅は縮まない。減衰が無いからである(第3節)。
第六に、分離子は「引き込む先があるか」であって、周期の有無ではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。ロトカ=ヴォルテラ方程式・中立安定・保存量はすべて既知である。力学系を作らない。ハミルトン系としての一般論や、摂動に対する構造安定性には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。生態学を作らない。実際の個体群の振動が何で決まるかは主題ではない。方程式の性質だけを扱う。数値解法を論じない。オイラー法を用い、その誤差を明示する。高次の解法やシンプレクティック積分は主題ではない。拡張しない。ロジスティック項や機能的応答を加えた場合は主題ではない。それらを加えると中立安定は壊れる。データを扱わない。カナダオオヤマネコの毛皮記録のような実測は用いない。既刊との関係:論文367 は感度の総量が保存され配分だけが選べることを示した。そこでも保存量が結論を作った。論文357 は「最適」が目的関数なしに決まらないことを示した。ここでは「振幅」が初期値なしに決まらない。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。振動の周期と振動の振幅は、その基準で別根である。論文371 は原因が無くても差が出ることを示した。ここでは方程式が同じでも答が $6.5$ 倍違う。加えたのは、四つの初期値で振幅比を数に出したこと、保存量 $V$ が軌道上で一定であることを確かめたこと、数値誤差 $1.457\times10^{-4}$ を明示したこと、時間を倍にしても縮まないことを対照として示したこと、分離子を「引き込む先があるか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:被食者 $x$ と捕食者 $y$ をロトカ=ヴォルテラ方程式で書く。
$$\frac{dx}{dt}=ax-bxy,\qquad
\frac{dy}{dt}=-cy+dxy,\qquad
V=dx-c\ln x+by-a\ln y$$
$a=1.000$、$b=0.100$、$c=1.000$、$d=0.075$ とする。$V$ は時間によらない保存量である。
観察 1.1 不動点は $(c/d, a/b)$ である。本稿の係数では $(13.3333, 10.0000)$、そこで始めれば、動かない。
観察 1.2 不動点から外れると振動する。だがどれだけ大きく振れるかは、方程式に書いていない。初期値が決める。
観察 1.3 減衰項が無い。$-\gamma x$ のような項がどこにも無い。だから振幅は縮まない。
問い:周期の大きさを、何が決めているか。
2. 初期値だけで振幅が $6.5$ 倍動く
計算 2.1:初期値に対する被食者の振れ幅(本稿で計算・オイラー法・$h=10^{-4}$・$T=40$)。
| 初期値 $(x_0,y_0)$ | 最小 | 最大 | 振幅比 | 保存量 $V$ |
|---|---|---|---|---|
| $(13.0, 10.0)$ | $12.9994$ | $13.6729$ | $\mathbf{1.0518}$ | $-2.892534$ |
| $(16.0, 10.0)$ | $10.9770$ | $16.0053$ | $1.4581$ | $-2.875174$ |
| $(20.0, 10.0)$ | $8.3364$ | $20.0144$ | $2.4008$ | $-2.798317$ |
| $(30.0, 10.0)$ | $4.3869$ | $30.0344$ | $\mathbf{6.8463}$ | $-2.453782$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。振幅比が $1.0518$ から $6.8463$ まで、$6.5$ 倍動く。係数 $a$・$b$・$c$・$d$ は一つも変えていない。
観察 2.3 不動点に近いほど小さい。$(13,10)$ は不動点 $(13.3333,10)$ のすぐ隣、振幅比 $1.0518$、ほとんど動かない。
観察 2.4 保存量 $V$ が初期値ごとに違う。$-2.892534$ から $-2.453782$ まで、$V$ が軌道の名札になっている。軌道は入れ子になっていて、交わらない。
観察 2.5 つまり方程式は軌道の族を与えるだけである。どの軌道に乗るかは、方程式の外から与えられる。論文357 で「最適」が目的関数なしに決まらなかったのと同じ形である。
3. 減衰が無いから、いつまでも縮まない
計算 3.1:一本の軌道上での保存量 $V$(本稿で計算・初期値 $(20,10)$)。
| 時刻 | $V$ |
|---|---|
| 初期 | $-2.798317$ |
| 途中(四点) | $-2.798317$ / $-2.798271$ / $-2.798221$ / $-2.798172$ |
| ずれの総量 | $\mathbf{1.457\times10^{-4}}$ |
観察 3.2 $V$ はほぼ一定である。ずれは $1.457\times10^{-4}$、これはオイラー法の誤差であって、物理的な減衰ではない。
観察 3.3 正直に言えば、ずれが片方向に増えているのは、オイラー法が保存量を保たないからである。シンプレクティックな解法なら、このずれは有界になる。本稿はその実装をしていない。数値の粗さとして明示しておく。
観察 3.4 時間を倍にしても振幅は縮まない。$T=40$ と $T=80$ で振幅比がほぼ同じ、減衰項が無いのだから当然である。
観察 3.5 これを中立安定という。摂動を加えても戻らないが、発散もしない。別の軌道へ移ってそのまま留まる。
観察 3.6 だから外乱の履歴が全部残る。一度大きく揺すられたら、その振幅がそのまま続く。減衰する系なら忘れられる過去が、ここでは消えない。
4. 何を足すと壊れるか
観察 4.1 被食者にロジスティック項を足すと、中立安定は壊れる。$ax(1-x/K)$ の形、不動点が引き込む先になり、振幅は縮んで一つの値に落ち着く。
観察 4.2 逆に、機能的応答を足すとリミットサイクルが出る。初期値によらない一つの振幅、どちらの場合も、初期値の記憶が消える。
観察 4.3 本稿はどちらも計算していない。文献として挙げるにとどめる。本稿が数で出したのは、素のロトカ=ヴォルテラの場合だけである。
観察 4.4 それでも言えることがある。素のロトカ=ヴォルテラで「この生態系の振幅は」と問うのは、問い自体が成立していない。答は方程式ではなく初期値の中にある。
観察 4.5 周期のほうは方程式が決める。不動点の近くでは $2\pi/\sqrt{ac}$、周期と振幅で、決めているものが違う。論文300 の基準で別根である。
5. 分離子:引き込む先があるか
観察 5.1 分離子、系が引き込む先(アトラクタ)をもつかどうかであって、振動するかどうかではない。
| 系 | 振動するか | 振幅を決めるもの | 初期値の記憶 |
|---|---|---|---|
| ロトカ=ヴォルテラ(素) | する | 初期値 | 残る |
| 減衰つき | する(縮む) | 方程式($0$ へ) | 消える |
| リミットサイクル | する | 方程式 | 消える |
観察 5.2 三行とも振動する。「周期的だ」という観察は、三つを区別しない。区別するのは、振幅が初期値に依るかどうかである。
観察 5.3 右端の列が実用の差である。初期値の記憶が残るなら、過去の外乱を推定できる。消えるなら、現在の振幅から過去は分からない。
観察 5.4 分離子は動かせる。ロジスティック項を一つ足すだけで、上の行から下の行へ移る。中立安定は、項を足すことに対して脆い。
観察 5.5 正直に言えば、$6.8463$ も $1.457\times10^{-4}$ も、明示した係数・初期値・数値解法の上での値である。別の設定なら別の数が出る。動かないのは、素の系では振幅が初期値で決まるという構造だけである。
観察 5.6 最後に一つ、方程式が答えない問いを、方程式に投げてはいけない。「この系の振幅は」は、素のロトカ=ヴォルテラでは初期値を指定して初めて意味をもつ、答が返ってこないとき、模型が足りないのではなく、問いが不足していることがある。
6. 点呼と結び
- 不動点は $(13.3333, 10.0000)$(第1節):$(c/d, a/b)$。
- $(13,10)$ で振幅比 $1.0518$(計算 2.1):不動点のすぐ隣。
- $(30,10)$ で $6.8463$(計算 2.1):$6.5$ 倍動く。
- 係数は一つも変えていない(観察 2.2):変えたのは初期値だけ。
- $V$ が初期値ごとに違う(観察 2.4):軌道の名札。
- 軌道上で $V$ はほぼ一定(計算 3.1):ずれ $1.457\times10^{-4}$。
- ずれは数値解法の誤差(観察 3.3):物理的な減衰ではない。
- 時間を倍にしても縮まない(観察 3.4):減衰項が無い。
- ロジスティック項で壊れる(観察 4.1):脆い性質である。
- 周期は方程式が決める(観察 4.5):振幅とは別根。
結び:捕食者と被食者は周期的に増減する、と説明される。だがその周期がどれだけ大きく振れるかは、方程式に書いていない。ロトカ=ヴォルテラ系の不動点は $(c/d, a/b)=(13.3333, 10.0000)$ である。そこで始めれば動かないが、外れると振動し、その振れ幅は初期値が決める。同じ係数のまま、初期値だけで振幅が $6.5$ 倍動く。初期値 $(13,10)$ では振幅比 $\mathbf{1.0518}$(不動点のすぐ隣なのでほとんど動かない)、$(30,10)$ では $\mathbf{6.8463}$。係数 $a$・$b$・$c$・$d$ は一つも変えていない。保存量 $V$ が $-2.892534$ から $-2.453782$ まで初期値ごとに違い、$V$ が軌道の名札になっている。軌道は入れ子で、交わらない。そして減衰が無いから、いつまでも縮まない。一本の軌道上で $V$ はほぼ一定で、ずれは $\mathbf{1.457\times10^{-4}}$(オイラー法の誤差であって物理的な減衰ではない)。時間を倍にしても振幅比はほぼ同じである。これを中立安定といい、摂動を加えても戻らないが発散もせず、別の軌道へ移ってそのまま留まる。だから外乱の履歴が全部残り、一度大きく揺すられたらその振幅がそのまま続く。だが、この性質は脆い。被食者にロジスティック項を一つ足せば不動点が引き込む先になり、機能的応答を足せばリミットサイクルが出る。どちらの場合も初期値の記憶が消える。本稿はどちらも計算しておらず、文献として挙げるにとどめる。分けているものは一つ、系が引き込む先をもつかどうかであって、振動するかどうかではない。三つの系はどれも振動するので、「周期的だ」という観察は三つを区別しない。区別するのは、振幅が初期値に依るかどうかである。初期値の記憶が残るなら過去の外乱を推定でき、消えるなら現在の振幅から過去は分からない。正直に言えば、$V$ のずれが片方向に増えているのはオイラー法が保存量を保たないためで、シンプレクティックな解法なら有界になる。本稿はその実装をしていない。$6.8463$ も、明示した係数・初期値・解法の上での値である。最後に一つ、方程式が答えない問いを、方程式に投げてはいけない。「この系の振幅は」は、素のロトカ=ヴォルテラでは初期値を指定して初めて意味をもつ。答が返ってこないとき、模型が足りないのではなく、問いが不足していることがある。
参考文献
- Lotka, A. J. (1925). Elements of Physical Biology. Baltimore: Williams & Wilkins.
- Volterra, V. (1926). Variazioni e fluttuazioni del numero d’individui in specie animali conviventi. Memorie della R. Accademia Nazionale dei Lincei.
- May, R. M. (1972). Limit Cycles in Predator-Prey Communities. Science.
- Murray, J. D. (2002). Mathematical Biology I: An Introduction (3rd ed.). New York: Springer.
- Hairer, E., Lubich, C., Wanner, G. (2006). Geometric Numerical Integration (2nd ed.). Berlin: Springer.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180
- 山岸勇輝 (2026). 『感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる』[論文367]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697709
- 山岸勇輝 (2026). 『原因が何も無くても、下位は 1.76 標準偏差上がり、上位は 1.76 下がる』[論文371]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22698226
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「捕食者と被食者の振幅を決めているのは、方程式ではなく初期値である」[論文373]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698669
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 捕食者と被食者の振幅を決めているのは、方程式ではなく初期値である [論文373]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/373 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698669
Yamagishi, Y. (2026). What Sets the Amplitude of a Predator–Prey Cycle Is the Initial Condition, Not the Equation [Paper 373]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/373; DOI: 10.5281/zenodo.22698669
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