要旨
メルカトル図法は高緯度を大きく見せる、と批判される。本稿が示すのはどの投影法でも歪むことである。原因は投影法ではなく、曲がった面を平らにできないことである。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、メルカトルは緯度 $60$ 度で長さちょうど $\mathbf{2}$ 倍、面積ちょうど $\mathbf{4}$ 倍になる(第2節)。
第二に、緯度 $80$ 度では面積が $\mathbf{33.1634}$ 倍になる(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。歪みの原因は投影法ではない。球のガウス曲率が $1/R^{2}$、平面が $0$ で、値が違うからである(第3節)。
第四に、$100$ 万 km$^{2}$ の球面三角形は内角の和が $\mathbf{1.4113}$ 度余り、平面ではちょうど $\mathbf{0}$ である(第3節)。
第五に、一辺 $100$ km なら余りが $\mathbf{0.0071}$ 度に縮む。歪みは規模で決まる(第4節)。
第六に、分離子は「投影法を変えれば直るか、規模を変えなければ直らないか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。ガウスの驚異の定理、ジラールの定理、メルカトル図法の拡大率はすべて既知である。定理を証明しない。驚異の定理もジラールの定理も既知として使う。数を入れるだけである。投影法を設計しない。どの投影法が良いかは主題ではない。歪みが避けられないことだけを言う。地球を球と置いている。扁平($1/298$)は主題ではない。定性的な結論は変わらない。政治を論じない。どの図法をどう使うべきかという議論は主題ではない。測地線を扱わない。大圏航路や航程線の性質は主題ではない。既刊との関係:論文397 は破れが理論強度に達したからではないことを示した。ここでは歪みが投影法の下手さから来ていない。論文389 は厚さではなく長さが効くことを示した。ここでは投影法ではなく曲率が効く。論文326 は二乗三乗の「法則」が恒等式であることを示した。ここでも「歪む」は選択の結果ではなく幾何の帰結である。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。投影法による歪みと曲率による歪みは、その基準で別根である。加えたのは、五つの緯度でメルカトルの拡大率を数に出したこと、アフリカとグリーンランドの実面積比を出したこと、球面三角形の過剰を $100$ 万 km$^{2}$ と一辺 $100$ km で計算したこと、平面の過剰がちょうど $0$ であることを対照に置いたこと、分離子を「投影法か規模か」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:メルカトル図法では、緯度 $\varphi$ での長さの拡大率が $\sec\varphi$、面積の拡大率が $\sec^{2}\varphi$ になる。 また球面三角形では、内角の和が $\pi$ を超える分(球面過剰)が面積に比例する(ジラールの定理)。
$$E=\frac{A}{R^{2}}$$
$R=6371$ km とする。
観察 1.1 メルカトルの拡大率は緯度だけで決まる。$\sec\varphi$、赤道で $1$、極で発散する。
観察 1.2 他の投影法を使えば、この拡大率は消える。正積図法なら面積が正しい。代わりに角度が歪む。
観察 1.3 どれかを直すと、どれかが壊れる。選べるのはどこを歪ませるかだけ、その理由が、曲率にある。
問い:地図が歪むのは、投影法のせいか。
2. 緯度 $60$ 度で面積ちょうど $4$ 倍
計算 2.1:メルカトル図法の拡大率(本稿で計算)。
| 緯度 [度] | 長さの倍率 $\sec\varphi$ | 面積の倍率 $\sec^{2}\varphi$ |
|---|---|---|
| $0$ | $1.0000$ | $1.0000$ |
| $30$ | $1.1547$ | $1.3333$ |
| $45$ | $1.4142$ | $2.0000$ |
| $\mathbf{60}$ | $\mathbf{2.0000}$ | $\mathbf{4.0000}$ |
| $\mathbf{80}$ | $5.7588$ | $\mathbf{33.1634}$ |
観察 2.2 緯度 $60$ 度で長さがちょうど $2$ 倍、面積がちょうど $4$ 倍になる。$\sec60^{\circ}=2$、切りのいい数が出るのは、$\cos60^{\circ}=1/2$ だからである。
観察 2.3 緯度 $45$ 度で面積がちょうど $2$ 倍になる。$\sec^{2}45^{\circ}=2$、中緯度でもすでに二倍である。
観察 2.4 緯度 $80$ 度では $33.1634$ 倍になる。グリーンランドの大半がこの緯度帯、アフリカ(赤道帯)は $1$ 倍のままである。
観察 2.5 実際の面積はアフリカがグリーンランドの $14.0212$ 倍である。$3.037\times10^{7}$ km$^{2}$ 対 $2.166\times10^{6}$ km$^{2}$、メルカトル上ではほぼ同じ大きさに見える。
観察 2.6 この歪みは、正積図法を使えば消える。選べる。だから「投影法のせい」に見える。
3. 原因は曲率である。平面では過剰がちょうど $0$
計算 3.1:球面三角形の内角の和の過剰(本稿で計算)。
| 図形 | ガウス曲率 | 内角の和の過剰 |
|---|---|---|
| 球面($100$ 万 km$^{2}$) | $2.4636\times10^{-14}$ /m$^{2}$ | $\mathbf{1.4113}$ 度 |
| 平面 | $\mathbf{0}$ | $\mathbf{0}$ 度 |
| 円柱・円錐 | $0$ | $0$ 度 |
観察 3.2 これが本稿の芯である。球面では内角の和が $1.4113$ 度余り、平面ではちょうど $0$ である。この差は、どんな写像でも埋められない。ガウス曲率は曲げ方に依らない量だからである(驚異の定理)。
観察 3.3 円柱と円錐は曲率が $0$ である。曲がって見えるのに、だから紙から作れるし、切り開いて平らにできる。
観察 3.4 球は $1/R^{2}>0$ である。$0$ ではない。だから紙から作れないし、平らにもできない。
観察 3.5 つまり「歪まない地図」は、投影法の問題ではなく、存在の問題である。探しても無い。どれだけ工夫しても、$1/R^{2}$ を $0$ にはできない。
観察 3.6 論文326 と同じ形である。論文326 では二乗三乗の「法則」が恒等式だった。ここでは「歪む」が選択の結果ではなく、幾何の帰結である。
4. 歪みの大きさは、規模で決まる
計算 4.1:規模による球面過剰(本稿で計算)。
| 三角形の面積 | 内角の和の過剰 |
|---|---|
| $100$ 万 km$^{2}$ | $\mathbf{1.4113}$ 度 |
| 一辺 $100$ km($5000$ km$^{2}$) | $\mathbf{0.0071}$ 度 |
観察 4.2 過剰は面積に比例する。$E=A/R^{2}$、面積が $200$ 分の $1$ なら過剰も $200$ 分の $1$。
観察 4.3 一辺 $100$ km では $0.0071$ 度である。$25$ 秒角、測量の精度では見えるが、地図の見た目では見えない。
観察 4.4 だから小縮尺の地図では「平ら」でよい。市町村の地図、曲率がゼロでないことと、無視できないことは別である。
観察 4.5 論文396 と同じ形である。論文396 では「小さい角」に数を入れた。ここでは「小さい地域」に数を入れる。どちらも、どこまでが「小さい」かは要求精度が決める。
観察 4.6 論文300 の基準で別根である。投影法による歪みは選択が、曲率による歪みは幾何が決める。同じ「地図の歪み」に、根の違う二つが並んでいる。
5. 分離子:投影法を変えれば直るか、直らないか
観察 5.1 分離子、別の投影法で消えるか、消えないか。
| 歪み | 出所 | 別の投影法で | 例 |
|---|---|---|---|
| 面積の拡大 | 投影法の選択 | 消える | メルカトルの $33.1634$ 倍 |
| 角度と面積の同時保存 | ガウス曲率 | 消えない | 過剰 $1.4113$ 度 |
観察 5.2 三列目が判定になる。投影法を変えて消えるか、消えなければ、投影法を責めても直らない。
観察 5.3 メルカトルへの批判は、一行目についてだけ正しい。面積は確かに歪む、だが角度を保つという役目は果たしており、航海図としてはそれが要る。
観察 5.4 分離子は動かせる。地域を小さくすれば、二行目の歪みも実質的に消える。曲率は変わらないが、面積が小さくなる。
観察 5.5 正直に言えば、$1.4113$ 度も $33.1634$ 倍も、地球を完全な球と置いた値である。扁平($1/298$)を入れれば少し動く。動かないのは、球の曲率が正で平面が $0$ であることと、その差が写像で消えないことである。
観察 5.6 最後に一つ、「もっと良い投影法を作ればよい」は、良い投影法がある場合にだけ正しい。面積を直す投影法はある。全部を直す投影法は無い。無いことは、探し方の問題ではない。
6. 点呼と結び
- 緯度 $60$ 度で長さ $2$ 倍・面積 $4$ 倍(計算 2.1):$\cos60^{\circ}=1/2$。
- 緯度 $45$ 度で面積 $2$ 倍(観察 2.3):中緯度でもすでに。
- 緯度 $80$ 度で $33.1634$ 倍(計算 2.1):グリーンランドの緯度帯。
- アフリカは実際に $14.0212$ 倍(観察 2.5):地図ではほぼ同じ。
- 球のガウス曲率は $2.4636\times10^{-14}$ /m$^{2}$(計算 3.1):平面は $0$。
- $100$ 万 km$^{2}$ で過剰 $1.4113$ 度(計算 3.1):平面ではちょうど $0$。
- 円柱・円錐は曲率 $0$(観察 3.3):だから紙から作れる。
- 一辺 $100$ km で $0.0071$ 度(計算 4.1):$25$ 秒角。
- 過剰は面積に比例(観察 4.2):規模で決まる。
- 全部を直す投影法は無い(観察 5.6):探し方の問題ではない。
結び:メルカトル図法は高緯度を大きく見せる、と批判される。だが原因は投影法ではない。メルカトルの拡大率は緯度だけで決まる。緯度 $60$ 度で長さちょうど $\mathbf{2}$ 倍、面積ちょうど $\mathbf{4}$ 倍。切りのいい数が出るのは $\cos60^{\circ}=1/2$ だからである。緯度 $45$ 度でも面積はすでに $2$ 倍、$80$ 度では $\mathbf{33.1634}$ 倍になる。実際の面積はアフリカがグリーンランドの $\mathbf{14.0212}$ 倍($3.037\times10^{7}$ 対 $2.166\times10^{6}$ km$^{2}$)だが、メルカトル上ではほぼ同じ大きさに見える。そしてこの歪みは正積図法を使えば消えるので、「投影法のせい」に見える。ところが原因は曲率である。球面上の $100$ 万 km$^{2}$ の三角形は内角の和が $\mathbf{1.4113}$ 度余り、平面ではちょうど $\mathbf{0}$ である。この差はどんな写像でも埋められない。ガウス曲率は曲げ方に依らない量だからである(驚異の定理)。円柱と円錐は曲がって見えても曲率が $0$ なので、紙から作れるし切り開いて平らにできる。球は $1/R^{2}>0$ なので、紙から作れないし平らにもできない。つまり「歪まない地図」は投影法の問題ではなく存在の問題で、どれだけ工夫しても $1/R^{2}$ を $0$ にはできない。論文326 で二乗三乗の「法則」が恒等式だったのと同じ形で、「歪む」は選択の結果ではなく幾何の帰結である。歪みの大きさは規模で決まる。$E=A/R^{2}$ なので過剰は面積に比例し、一辺 $100$ km($5000$ km$^{2}$)なら $\mathbf{0.0071}$ 度、$25$ 秒角に縮む。測量の精度では見えるが、地図の見た目では見えない。だから市町村の地図では「平ら」でよく、曲率がゼロでないことと無視できないことは別である。論文396 で「小さい角」に数を入れたのと同じ形で、どこまでが「小さい」かは要求精度が決める。分けているものは一つ、別の投影法で消えるか、消えないか。面積の拡大は投影法の選択から来るので消えるが、角度と面積を同時に保つことはガウス曲率から来るので消えない。メルカトルへの批判は前者についてだけ正しく、角度を保つという役目は果たしており、航海図としてはそれが要る。論文300 の基準で別根であり、一方は選択が、一方は幾何が決める。地域を小さくすれば後者も実質的に消える。曲率は変わらないが、面積が小さくなる。正直に言えば、$1.4113$ 度も $33.1634$ 倍も地球を完全な球と置いた値であり、扁平($1/298$)を入れれば少し動く。動かないのは、球の曲率が正で平面が $0$ であることと、その差が写像で消えないことである。最後に一つ、「もっと良い投影法を作ればよい」は、良い投影法がある場合にだけ正しい。面積を直す投影法はあるが、全部を直す投影法は無い。無いことは、探し方の問題ではない。
参考文献
- Gauss, C. F. (1828). Disquisitiones generales circa superficies curvas. Göttingen: Dieterich.
- Girard, A. (1629). Invention nouvelle en l’algèbre. Amsterdam: Blaeuw.
- Snyder, J. P. (1987). Map Projections: A Working Manual. Washington: U.S. Geological Survey Professional Paper 1395.
- do Carmo, M. P. (1976). Differential Geometry of Curves and Surfaces. Englewood Cliffs: Prentice-Hall.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『二乗三乗の「法則」は、法則ではなく恒等式である』[論文326]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22209992
- 山岸勇輝 (2026). 『紙が折れなくなるのは厚いからではない。効いているのは長さである』[論文389]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699183
- 山岸勇輝 (2026). 『振り子の「小さい角」を数にすると、10 度で一日 164.78 秒ずれる』[論文396]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699299
- 山岸勇輝 (2026). 『「粒を細かくすれば強くなる」が破れるのは、理論強度に達したからではない』[論文397]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699316
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「歪まない地図は存在しない」[論文409]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699616
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 歪まない地図は存在しない:投影法が下手だからではない [論文409]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/409 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699616
Yamagishi, Y. (2026). There Is No Undistorted Map, and the Projection Is Not to Blame [Paper 409]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/409; DOI: 10.5281/zenodo.22699616
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