要旨
中立な変異が置き換わる速さは、集団の大きさに依らず、変異の起きる速さに等しい(論文879)。そこでは、世代が重ならない集団だけを扱い、世代の重なりを入れなかった。本稿は、$N$ 個体の半数体で、世代が重ならない模型(論文879)と、一手ごとに一個体が生まれ一個体が死ぬ世代の重なる模型(モラン模型・$N$ 手で一世代)を、遷移行列の厳密解で比べる。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、中立な変異が固定するまでの世代は、重なると半分に近い。固定した回だけの世代の数は、重なる模型で $N-1$(9・19・49)、重ならない模型で $17.495620$・$37.272064$・$96.971198$ で、重ならない÷重なるは $1.943958$・$1.961688$・$\mathbf{1.979004}$ だった($N=10$・$20$・$50$)(第3節)。
第二に、有利な変異が固定する確率の比は、0.5 に上から近づく。重なる÷重ならないは、六つの設定で $\mathbf{0.957342}$($N=10$・$s=0.01$)から $\mathbf{0.508654}$($N=200$・$s=0.05$)で、どれも 0.5 より大きく、$Ns$ の違う組の間では $Ns$ が大きいほど小さかった(第2節)。
第三に、比は $Ns$ だけでは決まらない。$Ns=0.5$ の二つの設定で、$N=10$・$s=0.05$ は $0.825819$、$N=50$・$s=0.01$ は $0.807811$ で、$\mathbf{0.018007}$ 違った(第2節)。
第四に、中立の固定確率は変わらず、一世代の揺れは重なるほうが大きい。中立の固定確率は二つの模型とも $1/N$ と $10^{-10}$ 以内で一致した。割合 $1/2$ から一世代での割合の分散は、重なるほうが $1.829272$ 倍($N=10$)、$\mathbf{1.961297}$ 倍($N=50$)だった(第4節)。
第五に、分離子は、一世代の割合の揺れの大きさで数える量か、揺れを変えても動かない中立の 1/N か。一世代の分散の比が 2 に近づくのと同じ向きに、固定までの世代の比は 2 に、有利な変異の固定する確率の比は 0.5 に近づいた。中立の 1/N は動かなかった。分散の比だけで二つの量が決まることは示していない(第5節)。
キーワード:世代の重なり、モラン模型、固定する確率、固定までの世代、集団遺伝学、遷移行列。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。モラン模型の固定確率の閉じた式、中立な変異がモラン模型で固定するまでにかかる手数、世代の重なる模型では一世代の偶然の揺れが大きく有効な集団の大きさが小さく数えられることは、いずれも集団遺伝学で既知である。実在の値を主張しない。個体数 10・20・50・200 と有利さ 0.01・0.05 は模型の値で、どの遺伝子にもどの種にも対応しない。一世代を $N$ 手と数えるのは本稿の約束である。模型を広げない。半数体で、二倍体、年齢構造、世代の長さの違い、遺伝子どうしのつながりは入れない。仕組みを言い切らない。一世代の割合の分散の比は測ったが、固定までの世代と固定する確率がその比だけで決まることは示していない。既刊との関係:論文879 の射程注記は、模型を広げず、半数体で世代が重ならないとし、二倍体、世代の重なり、遺伝子どうしのつながりは入れないと書いた。本稿はそのうち世代の重なりの席に座る(先客なし。同じ射程注記の二倍体の席には論文982 が座った)。論文879 は、中立な変異が置き換わる速さは集団の大きさに依らず変異の起きる速さに等しいことを示した。ここでは、世代が重なると、固定までの世代と有利な変異の固定する確率がどれだけ変わるかを数える。論文982 は、二倍体で有利な変異が固定する確率を優性の度合いが分け、相加なら半数体の半分に近いことを示した。ここで比べる重ならない模型の値は、982 と同じく遷移行列で厳密に解いた。加えたのは、六つの設定で二つの模型の固定する確率を厳密に出したこと、比が Ns だけでは決まらないことを測ったこと、中立な変異が固定するまでの世代を固定した回だけで厳密に出したこと、一世代の割合の分散を比べたこと、分離子を「揺れで数える量か、動かない 1/N か」に置いたことである。
1. 記法と問い
二つの模型:$N$ 個体の半数体で、変異の個体の数を $k$、有利さを $s$、$r=1+s$ とする。世代が重ならない模型(論文879)は、一世代で $p=k/N$ を $p’=p r/(1+ps)$ にし、$N$ 個体を二項分布で引き直す。世代が重なる模型(モラン模型)は、一手ごとに、有利さに比例して選んだ一個体が子を一つ残し、一様に選んだ一個体が死ぬ。一手で $k$ が一つ増える確率と一つ減る確率は
$$\frac{rk}{rk+N-k}\cdot\frac{N-k}{N},\qquad \frac{N-k}{rk+N-k}\cdot\frac{k}{N}$$
で、$N$ 手を一世代と数える。モラン模型で一つの写しから固定する確率の閉じた式は $(1-1/r)/(1-r^{-N})$ である。
解き方:どちらも遷移行列で吸収の確率を連立一次方程式で解いた。固定した回だけの平均の手数は、吸収の確率 $u$ で推移を $Q_{ij}u_j/u_i$ と重みづけ直した行列(ドゥーブの変換)で解いた。一世代の割合の分散は、$k=N/2$ から、重ならない模型は一世代、重なる模型は $N$ 手の推移の後の分布で出した。
問い:世代が重なると、有利な変異が固定する確率と、中立な変異が固定するまでの世代はどう変わるか。
2. 有利な変異が固定する確率
計算 2.1:一つの写しから固定する確率(遷移行列の厳密解)。
| $N$ | $s$ | $Ns$ | 重ならない | 重なる | 重なる÷重ならない |
|---|---|---|---|---|---|
| $10$ | $0.01$ | $0.1$ | $0.109195$ | $0.104537$ | $\mathbf{0.957342}$ |
| $10$ | $0.05$ | $0.5$ | $0.149352$ | $0.123338$ | $0.825819$ |
| $50$ | $0.01$ | $0.5$ | $0.031270$ | $0.025260$ | $0.807811$ |
| $50$ | $0.05$ | $2.5$ | $0.094116$ | $0.052168$ | $0.554301$ |
| $200$ | $0.01$ | $2.0$ | $0.020097$ | $0.011469$ | $0.570671$ |
| $200$ | $0.05$ | $10.0$ | $0.093623$ | $0.047622$ | $\mathbf{0.508654}$ |
重なる模型の値は、四つの設定($N=10$・$50$)で閉じた式と $10^{-10}$ 以内で一致した。重ならない模型に論文879 の拡散の式を使うと、値は $N=10$ で $0.109237$・$0.150545$、$N=200$ で $0.020171$・$0.095163$ になり、重なる÷その式は $0.956971$($N=10$・$s=0.01$)から $0.500426$($N=200$・$s=0.05$)だった。
観察 2.2 比は 0.5 に上から近づき、$Ns$ だけでは決まらない。六つの比はどれも 0.5 より大きく、$Ns$ の違う五つの組の間では $Ns$ が大きいほど小さかった。$Ns=0.5$ の二つは $0.825819$ と $0.807811$ で $0.018007$ 違い、$N$ の大きいほうが小さかった。
3. 中立な変異が固定するまでの世代
計算 3.1:中立($s=0$)で、一つの写しから固定した回だけの平均の世代。
| $N$ | 重なる | 重ならない | 重ならない模型の拡散の式 | 重ならない÷重なる |
|---|---|---|---|---|
| $10$ | $9.000000$ | $17.495620$ | $18.964893$ | $1.943958$ |
| $20$ | $19.000000$ | $37.272064$ | $38.982904$ | $1.961688$ |
| $50$ | $49.000000$ | $96.971198$ | $98.993266$ | $\mathbf{1.979004}$ |
重なる模型は三つの $N$ とも $N-1$ 世代と $10^{-8}$ 以内で一致した。拡散の式は $-2N(1-p)\ln(1-p)/p$($p=1/N$)で、三つの $N$ とも厳密な世代より長かった。
観察 3.2 固定までの世代は、重なると半分に近い。重ならない÷重なるは $N=10$・$20$・$50$ で $1.943958$・$1.961688$・$1.979004$ と、$N$ とともに 2 に近づいた。固定するまでの世代は重なるほうが短く、中立な変異が固定する確率はどちらも $1/N$ だった(第4節)。
4. 中立の固定確率と一世代の揺れ
計算 4.1:中立の固定確率と、$k=N/2$ から一世代での割合の分散。
| $N$ | 中立の固定確率(重なる) | (重ならない) | 分散(重なる) | 分散(重ならない) | 比 |
|---|---|---|---|---|---|
| $10$ | $0.100000$ | $0.100000$ | $0.04573180$ | $0.02500000$ | $1.829272$ |
| $50$ | $0.020000$ | $0.020000$ | $0.00980649$ | $0.00500000$ | $\mathbf{1.961297}$ |
中立の固定確率は二つの模型とも $1/N$ と $10^{-10}$ 以内で一致した。重ならない模型の分散は $p(1-p)/N$ である。
5. 分離子
観察 5.1 分離子は、一世代の割合の揺れの大きさで数える量か、揺れを変えても動かない中立の 1/N か。一世代の分散の比は $N=10$ で $1.829272$、$N=50$ で $1.961297$ と 2 に近づき、同じ向きに、固定までの世代の比は 2 に、有利な変異の固定する確率の比は 0.5 に近づいた。中立の固定確率 $1/N$ は二つの模型で同じだった。二つの量が分散の比だけで決まることは示していない。有利な変異の比は $Ns$ だけでは決まらず($0.018007$ の差)、一世代の分散の比も $N$ で変わった($1.829272$ と $1.961297$)。
観察 5.2 言わないこと。二倍体、年齢構造、世代の長さの違い、実在の生き物の世代と寿命、極限の式は扱わない。示したのは、同じ個体数の二つの模型で、固定までの世代と有利な変異の固定する確率が遷移行列の厳密解でどれだけ違うかである。
6. 点呼と結び
- 二つの模型の遷移行列(第1節):厳密解とドゥーブの変換。
- 固定までの世代の比 $\mathbf{1.979004}$($N=50$)(計算 3.1):重なると半分に近い。
- 固定する確率の比 $\mathbf{0.957342}$〜$\mathbf{0.508654}$(計算 2.1):0.5 に上から近づく。
- $Ns=0.5$ で $\mathbf{0.018007}$ の差(観察 2.2):Ns だけでは決まらない。
- 一世代の分散の比 $\mathbf{1.961297}$(計算 4.1):中立の 1/N は同じ。
- 揺れで数える量か、動かない 1/N か(観察 5.1):分離子・論文879 の射程注記。
結び:世代が重なると、固定までの世代も有利な変異が固定する確率も半分に近づく。遷移行列で厳密に解くと、中立な変異が固定した回だけの世代は重なる模型で $N-1$、重ならない模型ではその $1.943958$〜$1.979004$ 倍だった。有利な変異の固定する確率の比(重なる÷重ならない)は $0.957342$ から $0.508654$ で、どれも 0.5 より大きく、$Ns=0.5$ の二つは $0.018007$ 違った。中立の固定確率は二つとも $1/N$ で、一世代の割合の分散は重なるほうが $1.961297$ 倍($N=50$)だった。分離子は、一世代の割合の揺れの大きさで数える量か、揺れを変えても動かない中立の 1/N か。既刊との位置:論文879 が世代の重ならない半数体で数えた模型に、論文879 が入れなかった世代の重なりを足した。同じ射程注記の二倍体の席は論文982 が埋めた。正直に言えば、同じ個体数の二つの模型を遷移行列で解いて並べた。仕組みを分散の比だけに帰してはいない。世代が重なると固定の数がどれだけ変わるか、そこまでである。
参考文献
- Ewens, W. J. (2004). Mathematical Population Genetics I: Theoretical Introduction (2nd ed.). Springer.
- Moran, P. A. P. (1958). Random processes in genetics. Proceedings of the Cambridge Philosophical Society.
- 山岸勇輝 (2026). 『中立な変異が置き換わる速さは、集団の大きさに依らず、変異の起きる速さに等しい』[論文879]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879
- 山岸勇輝 (2026). 『二倍体では、有利な変異が固定する確率を優性の度合いが分け、相加なら半数体の半分に近い』[論文982]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/982
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「世代が重なると、固定までの世代も有利な変異が固定する確率も半分に近づく」[論文983]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/983
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/983・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 世代が重なると、固定までの世代も有利な変異が固定する確率も半分に近づく [論文983]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/983
Yamagishi, Y. (2026). With Overlapping Generations, Time to Fixation and the Chance a Favourable Mutation Fixes Both Approach Half [Paper 983]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/983
@misc{yamagishi2026yoi983,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {With Overlapping Generations, Time to Fixation and the Chance a Favourable Mutation Fixes Both Approach Half},
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指紋(SHA-256)と確かめ方
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