要旨
二倍体では、有利な変異が固定する確率を優性の度合いが分け、相加なら半数体の半分に近い(論文982)。そこでは任意交配だけを扱い、近交を入れなかった。本稿は、982 の二倍体の模型で遺伝子型の割合に近交係数 $F$ を入れ、写しの数 $2N$ の偶然の揺れはそのままにして、有利な変異が一つの写しから固定する確率を遷移行列で厳密に出す。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、近交は三つの優性の度合いのどれでも固定する確率を上げる。$N=50$・$s=0.05$ で $F$ を $0$ から $1$ にすると、劣性は $0.025104$ から $0.093550$、相加は $0.048439$ から、優性は $0.080208$ から $0.093550$ に上がり、六つの $F$ の間で下がることは無かった(第2節)。
第二に、押し上げは劣性で最も大きい。$F=0.25$ で、$F=0$ に対する倍率は劣性 $\mathbf{1.557627}$・相加 $1.235492$・優性 $\mathbf{1.054607}$ だった。$N=200$・$s=0.01$ でも $1.490977$・$1.233643$・$1.067726$ で同じ順だった(第2節)。
第三に、優性÷劣性は近交とともに 1 に下がる。$N=50$ で $F=0$・$0.05$・$0.1$・$0.25$・$0.5$・$1$ に $3.194988$・$2.936526$・$2.707644$・$2.163198$・$1.578236$・$\mathbf{1.000000}$ だった(第3節)。
第四に、近交係数 1 では、三つとも半数体の写し $2N$ の値になる。$F=1$ の三つの値は、$N=50$ で $\mathbf{0.093550}$、$N=200$ で $0.019735$ で、写し $2N$ の半数体の遷移行列の値と $10^{-10}$ 以内で一致した(第3節)。
第五に、分離子は、変異の写しがヘテロ接合に乗るか、ホモ接合に乗るか。近交は写しをホモ接合に乗せる割合を $F$ だけ増やす。ヘテロ接合での有利さ $hs$ が小さい劣性ほど、ホモ接合に乗ることの効き目が大きかった(第4節)。
キーワード:近交、近交係数、優性、固定する確率、二倍体、集団遺伝学。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。近交がホモ接合の割合を増やし、劣性の変異を選択にさらすこと、近交係数を遺伝子型の割合に入れる書き方、近交が強いと優性の度合いの効きが弱まることは、いずれも集団遺伝学で知られている。実在の値を主張しない。個体数 50 と 200、有利さ 0.05 と 0.01、優性の度合い 0・0.5・1、近交係数 0〜1 は模型の値で、どの植物や家畜にも対応しない。偶然の揺れを変えない。近交係数は遺伝子型の割合にだけ入れ、写しの数 $2N$ の二項分布はそのままにした。近交で有効な集団の大きさが小さくなることは入れていないので、$F=1$ は完全な自殖の集団と同じではない。仕組みを広げない。近交が何世代でどう作られるか、近交弱勢、性比、世代の重なりは入れない。既刊との関係:論文982 の射程注記は、模型を広げず、任意交配で世代が重ならない二倍体とし、近交、性比、世代の重なり、遺伝子どうしのつながり、優性の仕組みは入れないと書いた。本稿はそのうち近交の席に座る(先客なし)。論文982 は、二倍体では有利な変異が固定する確率を優性の度合いが分け、相加なら半数体の半分に近いことを示した。ここでは、同じ模型に近交を入れると、その分かれ方がどう縮むかを数える。加えたのは、六つの近交係数と三つの優性の度合いで固定する確率を二つの設定で厳密に出したこと、押し上げの倍率が劣性で最も大きいことを測ったこと、近交係数 1 で三つが半数体の値と一致すると確かめたこと、近交係数 0 で論文982 の値を再現したこと、分離子を「ヘテロ接合か、ホモ接合か」に置いたことである。
1. 記法と問い
模型:論文982 と同じく、$N$ 個体の二倍体(写し $2N$)で、遺伝子型の有利さを AA $1+s$・Aa $1+hs$・aa $1$ とする。変異の写しの割合を $p$、$q=1-p$、近交係数を $F$ として、遺伝子型の割合を
$$\mathrm{AA}=p^2+Fpq,\qquad \mathrm{Aa}=2pq(1-F),\qquad \mathrm{aa}=q^2+Fpq$$
と置き、選択のあとの割合 $p’=(\mathrm{AA}(1+s)+\mathrm{Aa}(1+hs)/2)/\bar w$ で $2N$ 個の写しを二項分布で引き直す。はじめの写しは一つで、固定する確率は写しの数 $0$〜$2N$ の遷移行列で解いた。$F=0$・$0.05$・$0.1$・$0.25$・$0.5$・$1$、$h=0$(劣性)・$0.5$(相加)・$1$(優性)、設定は $N=50$・$s=0.05$ と $N=200$・$s=0.01$。
問い:近交は、優性の度合いによる固定する確率の分かれ方をどう変えるか。
2. 近交係数と固定する確率
計算 2.1:$N=50$・$s=0.05$。
| $F$ | 劣性 | 相加 | 優性 | 優性÷劣性 |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $0.025104$ | $0.048439$ | $0.080208$ | $3.194988$ |
| $0.05$ | $0.027646$ | $0.050716$ | $0.081183$ | $2.936526$ |
| $0.1$ | $0.030323$ | $0.052996$ | $0.082103$ | $2.707644$ |
| $0.25$ | $0.039103$ | $0.059846$ | $0.084588$ | $2.163198$ |
| $0.5$ | $0.055794$ | $0.071218$ | $0.088057$ | $1.578236$ |
| $1$ | $\mathbf{0.093550}$ | $0.093550$ | $0.093550$ | $\mathbf{1.000000}$ |
計算 2.2:$N=200$・$s=0.01$。
| $F$ | 劣性 | 相加 | 優性 | 優性÷劣性 |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $0.005660$ | $0.010107$ | $0.016338$ | $2.886501$ |
| $0.05$ | $0.006165$ | $0.010574$ | $0.016582$ | $2.689655$ |
| $0.1$ | $0.006696$ | $0.011044$ | $0.016813$ | $2.510977$ |
| $0.25$ | $0.008439$ | $0.012469$ | $0.017445$ | $2.067096$ |
| $0.5$ | $0.011797$ | $0.014877$ | $0.018336$ | $1.554186$ |
| $1$ | $0.019735$ | $0.019735$ | $0.019735$ | $1.000000$ |
二つの設定の三つの優性の度合いのどれでも、固定する確率は $F$ とともに増えた。$F=0$ の値は論文982 の厳密解と小数 6 桁で一致した。
観察 2.3 押し上げは劣性で最も大きい。$F=0$ に対する倍率は、$F=0.25$ で劣性 $1.557627$・相加 $1.235492$・優性 $1.054607$($N=50$)、$1.490977$・$1.233643$・$1.067726$($N=200$)だった。$F=1$ では $3.726468$・$1.931289$・$1.166348$($N=50$)、$3.486577$・$1.952565$・$1.207891$($N=200$)だった。
3. 近交係数 1
計算 3.1:$F=1$ ではヘテロ接合が無く、$\mathrm{AA}=p$・$\mathrm{aa}=q$ なので、選択のあとの割合は $p(1+s)/(1+ps)$ になり $h$ が消える。写し $2N$ の半数体の遷移行列で解くと、$N=50$ で $0.093550$、$N=200$ で $0.019735$ で、$F=1$ の三つの値と $10^{-10}$ 以内で一致した。
観察 3.2 優性÷劣性は近交とともに 1 に下がった。$N=50$ で $3.194988$ から $1.578236$($F=0.5$)を経て $1.000000$、$N=200$ で $2.886501$ から $1.554186$ を経て $1.000000$ だった。$F=1$ の値は、写し $2N$ の偶然の揺れを残したまま半数体にしたときの値で、完全な自殖の集団(有効な写しの数が減る)の値ではない。
4. 分離子
観察 4.1 分離子は、変異の写しがヘテロ接合に乗るか、ホモ接合に乗るか。変異の写しがホモ接合に乗る割合は、割合 $p$ のとき $p+Fq$ で、近交はそれを $Fq$ だけ増やす。ホモ接合での有利さ $s$ は三つの優性の度合いで同じで、ヘテロ接合での有利さ $hs$ だけが違う。ヘテロ接合での有利さが 0 の劣性で押し上げが最も大きく($F=0.25$ で $1.557627$ 倍)、$s$ の優性で最も小さかった($1.054607$ 倍)。
観察 4.2 言わないこと。近交で有効な集団の大きさが小さくなること、近交が何世代でどう作られるか、近交弱勢、性比、世代の重なり、実在の植物や家畜は扱わない。示したのは、遺伝子型の割合に近交係数を入れた模型で、優性の度合いによる固定する確率の分かれ方が近交とともに縮むことである。
5. 点呼と結び
- 遺伝子型の割合に近交係数(第1節):写し $2N$ の揺れはそのまま。
- $F=0.25$ の倍率 劣性 $\mathbf{1.557627}$・優性 $\mathbf{1.054607}$(観察 2.3):劣性で最も大きい。
- 優性÷劣性 3.194988 → $\mathbf{1.000000}$(計算 2.1):近交とともに 1 へ。
- $F=1$ で $\mathbf{0.093550}$(計算 3.1):写し $2N$ の半数体と一致。
- $F=0$ で論文982 を再現(計算 2.1):同じ模型。
- ヘテロ接合か、ホモ接合か(観察 4.1):分離子・論文982 の射程注記。
結び:近交は劣性の変異が固定する確率を最も押し上げ、近交係数 1 では優性の度合いの差が消える。982 の二倍体の模型で遺伝子型の割合に近交係数を入れると、$N=50$・$s=0.05$ で $F=0.25$ の倍率は劣性 $1.557627$・相加 $1.235492$・優性 $1.054607$ で、優性÷劣性は $3.194988$ から $F=1$ の $1.000000$ まで下がった。$F=1$ の三つの値 $0.093550$ は、写し $2N$ の半数体の値と一致した。分離子は、変異の写しがヘテロ接合に乗るか、ホモ接合に乗るか。既刊との位置:論文982 が任意交配で数えた優性の度合いの分かれに、論文982 が入れなかった近交を足した。正直に言えば、近交係数を遺伝子型の割合にだけ入れ、偶然の揺れは変えていない模型で数えた。近交で優性の度合いの分かれがどう縮むか、そこまでである。
参考文献
- Hartl, D. L., & Clark, A. G. (2007). Principles of Population Genetics (4th ed.). Sinauer.
- Kimura, M. (1962). On the probability of fixation of mutant genes in a population. Genetics.
- 山岸勇輝 (2026). 『二倍体では、有利な変異が固定する確率を優性の度合いが分け、相加なら半数体の半分に近い』[論文982]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/982
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「近交は劣性の変異が固定する確率を最も押し上げ、近交係数 1 では優性の度合いの差が消える」[論文984]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/984
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 近交は劣性の変異が固定する確率を最も押し上げ、近交係数 1 では優性の度合いの差が消える [論文984]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/984
Yamagishi, Y. (2026). Inbreeding Lifts Recessive Fixation Most, and at Inbreeding Coefficient 1 Dominance Stops Mattering [Paper 984]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/984
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author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Inbreeding Lifts Recessive Fixation Most, and at Inbreeding Coefficient 1 Dominance Stops Mattering},
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指紋(SHA-256)と確かめ方
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