要旨
本体系は論文01 以来 $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ を書き続けてきた。ところがその立体角が測っている球の体積が、次元とともに消えてしまうことは、一度も書かれていない。本稿はそこを開ける。そして「次元の呪い」という一語が、原因の違う複数のことを指していること、しかもそのうち最も鋭いものは呪いではないことを見る。新しい数学定理は主張しない。
第一に、単位球の体積は $d=5$ で最大となり、そこから落ちる。$d=100$ で $2.37\times10^{-40}$ である(第2節)。
第二に、体積がどこへ行ったかは二つの別の話である。一つの物体の中では質量が薄い皮に集まり($d=1000$ で厚さ $0.01$ の皮に $0.99996$)、二つの物体を比べると球が立方体に完全に負ける($d=100$ で $1.87\times10^{-70}$)(第3節)。
第三に、無作為な二方向はほとんど直交する。余弦の絶対値の平均は $d=1000$ で $0.0252$ であり、$\sqrt{2/(\pi d)}=0.0252$ と一致した(第4節)。
第四に、人が「呪い」と呼ぶのはこれである。最近傍と最遠傍の距離の相対差は $d=1000$ で $0.113$ まで潰れ、「最も近い」が何も選ばなくなる(第5節)。
第五に、これが本稿の芯である。その集中を裏から読むと恵みになる。$1000$ 次元の $300$ 点を $100$ 次元へ無作為に射影しても、$44850$ 組すべての距離が平均 $5.5\%$ しか動かない。呪いと恵みは同じ定理であり、分かれ目は関数に変わってほしかったかどうかだけである(第6節)。
第六に、柵は「何の周りに集中するのか」である。$d$ 個の標準正規変数の最大値は集中するが、集中する先は $d$ とともに増え続ける(第7節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。球の体積、測度の集中、ジョンソン=リンデンシュトラウスの補題、高次元での最近傍の退化は、いずれも標準的である。機械学習の手法を評価しない。論文94・114 との関係:94 は「次元」という語を位相次元・フラクタル次元・特別な整数次元に分けた。114 は対象が自分の次元を知っているかで仕分けた。本稿は次元が大きいときに何が起きるかを問う。どちらとも別の問いである。論文139 との関係:139 も「次元の呪い」に一度触れているが、あちらは経験測度の収束率の話であり、本稿の幾何とは別の量である。加えたのは五つを「何についての言明か」で分けたこと、呪いと恵びが同じ集中の裏表であることを数で並べたこと、集中は平均の周りであって定数の周りではないという柵を測ったこと、体系が使い続けてきた $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ の行方を書いたことである。
1. 記法と位置づけ
$d$ 次元の単位球の体積を $V_d=\pi^{d/2}/\Gamma(d/2+1)$、単位球面 $S^{d-1}$ の面積を $A_d=2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ と書く。標本による量はすべて自前の抽出であり、標本数を明記する。
位置づけ:論文01 の $n=d-1$ 唯一性から、論文116 の指数公式、論文36 の立体角まで、本体系は $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ を繰り返し書いてきた。だがその値が $d$ とともにどうなるかは一度も問われていない。
2. 体系が運んできた体積の行方
検算 2.1
| $d$ | $A_d=\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ | $V_d$(単位球の体積) |
|---|---|---|
| $3$ | $12.56637061$ | $4.188790205$ |
| $5$ | $26.31894507$ | $\mathbf{5.263789014}$ |
| $6$ | $31.00627668$ | $5.16771278$ |
| $7$ | $\mathbf{33.07336179}$ | $4.72476597$ |
| $10$ | $25.5016404$ | $2.55016404$ |
| $20$ | $0.5161378278$ | $0.02580689139$ |
| $50$ | $8.651096229\times10^{-12}$ | $1.730219246\times10^{-13}$ |
| $100$ | $2.368202102\times10^{-38}$ | $\mathbf{2.368202102\times10^{-40}}$ |
(証明終)
観察 2.2 単位球の体積は $d=5$ で最大となり、そこから落ちる。立体角の側は $d=7$ で最大となる。二つの山の位置すら違う。そして $d=100$ では、体系がずっと書いてきた $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ が $10^{-38}$ の桁にある。
3. 体積がどこへ行ったかは、二つの別の話である
検算 3.1:一つの球の中で、表面から $\varepsilon$ 以内にある体積の割合。これは $1-(1-\varepsilon)^d$ ちょうどである。
| $d$ | $\varepsilon=0.1$ | $\varepsilon=0.01$ | $\varepsilon=0.001$ |
|---|---|---|---|
| $2$ | $0.19$ | $0.0199$ | $0.001999$ |
| $10$ | $0.65132156$ | $0.095617925$ | $0.0099551198$ |
| $100$ | $0.99997344$ | $0.63396766$ | $0.095207853$ |
| $1000$ | $1.0$ | $\mathbf{0.99995683}$ | $0.63230458$ |
| $10000$ | $1.0$ | $1.0$ | $0.99995483$ |
(証明終)
検算 3.2:一辺 $2$ の立方体に対する球の割合。
| $d$ | $V_d/2^d$ |
|---|---|
| $2$ | $0.78539816$ |
| $5$ | $0.16449341$ |
| $10$ | $0.0024903946$ |
| $20$ | $2.461137\times10^{-8}$ |
| $100$ | $\mathbf{1.8681821\times10^{-70}}$ |
(証明終)
観察 3.3 この二つは別の言明である。前者は一つの物体の中で質量がどこにあるかであり、$\varepsilon$ を固定すれば代数一行で出る。後者は二つの物体の比較であり、球が角を持たないことの帰結である。同じ「次元の呪い」という言葉が、この差を隠している。
4. 無作為な二方向は、ほとんど直交する
検算 4.1:各次元で $20000$ 組の無作為な単位ベクトルを取り、なす角の余弦の絶対値を測る。
| $d$ | 平均 $\lvert\cos\theta\rvert$ | $\sqrt{2/(\pi d)}$ | $20000$ 組での最大 |
|---|---|---|---|
| $3$ | $0.49988973$ | $0.46065887$ | $0.99998180$ |
| $10$ | $0.25722537$ | $0.25231325$ | $0.93703595$ |
| $100$ | $0.07953272$ | $0.07978846$ | $0.38790477$ |
| $1000$ | $\mathbf{0.02521252}$ | $\mathbf{0.02523133}$ | $0.14522426$ |
(証明終)
観察 4.2 典型的な余弦は $1/\sqrt{d}$ で落ちる。$1000$ 次元では、無作為に引いた二本は事実上直交している。これは後で恵みの側に回る。
5. 人が「呪い」と呼ぶのはこれである
検算 5.1:単位立方体に $2000$ 点を一様に取り、無作為な問い合わせ点からの距離を見る。
| $d$ | 最小距離 | 最大距離 | 相対差 |
|---|---|---|---|
| $1$ | $0.000287$ | $0.759371$ | $2644.59$ |
| $5$ | $0.239713$ | $1.440486$ | $5.009207$ |
| $20$ | $0.940906$ | $2.617093$ | $1.781461$ |
| $100$ | $3.304831$ | $4.780400$ | $\mathbf{0.446489}$ |
| $1000$ | $12.168306$ | $13.539749$ | $\mathbf{0.112706}$ |
(証明終)
観察 5.2 最も近い点と最も遠い点が、ほとんど同じ距離にある。「最近傍」という操作が何も選ばなくなる。これが呪いと呼ばれているものの正体である。
6. 芯:同じ集中を裏から読むと、恵みになる
観察 6.1 第5節で距離を潰したのは、多数の独立な座標のリプシッツ関数がほとんど一定になるという事実である。ところが同じ事実は、距離が射影で保たれることも意味する。
検算 6.2:$1000$ 次元に $300$ 点($44850$ 組)を取り、無作為な行列で $k$ 次元へ射影して、すべての組の距離の比を測る。
| $k$ | 最悪の歪み | 平均の歪み | 圧縮率 |
|---|---|---|---|
| $20$ | $0.624735$ | $0.119932$ | $50$ 倍 |
| $50$ | $0.457538$ | $0.078553$ | $20$ 倍 |
| $100$ | $0.300259$ | $\mathbf{0.055155}$ | $10$ 倍 |
| $200$ | $0.194477$ | $0.038989$ | $5$ 倍 |
| $400$ | $0.160552$ | $0.029956$ | $2.5$ 倍 |
(証明終)
観察 6.3 $1000$ 次元を $100$ 次元に潰しても、$44850$ 組の距離が平均 $5.5\%$ しか動かない。これを可能にしているのは、第5節で最近傍を壊したのと同じ集中である。呪いと恵みは同じ定理であり、分かれ目はその関数に変わってほしかったかどうかだけである。
観察 6.4 距離で近傍を選びたいときには、変わらないことが困る。距離を保ったまま圧縮したいときには、変わらないことが助かる。現象は一つで、評価が二つである。論文95 が「規約と事実」を分けたときと同じで、評価は現象の性質ではない。
7. 柵:集中する先は、定数ではない
観察 7.1 よくある誤読は、「高次元では何もかもが $d$ に依らない一つの値に落ち着く」というものである。$d$ 個の標準正規変数の最大値はリプシッツ定数 $1$ の関数だから集中する。ところが集中する先は増え続ける。
検算 7.2:各次元で $4000$ 回の抽出。
| $d$ | 最大値の平均 | $\sqrt{2\ln d}$ | 比 | ばらつき/平均 |
|---|---|---|---|---|
| $10$ | $1.549540$ | $2.145966$ | $0.7221$ | $0.3830$ |
| $100$ | $2.501465$ | $3.034854$ | $0.8242$ | $0.1721$ |
| $1000$ | $3.238935$ | $3.716922$ | $0.8714$ | $0.1067$ |
| $10000$ | $3.855180$ | $4.291932$ | $0.8982$ | $0.0779$ |
| $100000$ | $4.382860$ | $4.798526$ | $\mathbf{0.9134}$ | $\mathbf{0.0614}$ |
二つの列は等しくない。$\sqrt{2\ln d}$ は主要な増大率であって値そのものではなく、比はゆっくり $1$ に近づく。(証明終)
観察 7.3 ばらつきは平均に対して $0.383$ から $0.0614$ へ縮む、確かに集中している。だが集中する先は $1.55$ から $4.38$ へ登り続ける。「集中する」はばらつきについての言明であって、場所についての言明ではない。
検算 7.4:そしてリプシッツ性が無ければ何も保証されない。座標の積を取る(リプシッツ定数が発散する)。
| $d$ | ばらつき/平均 | 集中するか |
|---|---|---|
| $2$ | $1.202000$ | いいえ |
| $5$ | $3.119326$ | いいえ |
| $10$ | $10.070772$ | いいえ |
| $20$ | $\mathbf{18.666851}$ | いいえ |
相対的なばらつきは $d$ とともに増える。(証明終)
観察 7.5 集中はリプシッツ関数についての定理であって、「高次元」そのものについての定理ではない。柵はリプシッツ定数である。
8. 点呼
観察 8.1
| 呼ばれ方 | 何についての言明か | 効く量 | 呪いか恵みか |
|---|---|---|---|
| 体積が皮に集まる | 一つの物体の中 | $1-(1-\varepsilon)^d$ | どちらでもない |
| 球が立方体に負ける | 二つの物体の比較 | $V_d/2^d$ | 格子が使えない |
| ほぼ直交 | 無作為な二点 | $1/\sqrt{d}$ | 恵み |
| 最近傍が意味を失う | 無作為な多点 | 相対差 | 呪い |
| 標本数が指数的 | 被覆の勘定 | $\varepsilon^{-d}$ | 呪い |
観察 8.2 五つは強さの階段ではない。最初の二つは幾何の恒等式であり、無作為性を要しない。次の二つは無作為な点についての言明であり、確率を要する。最後の一つは算法の勘定であり、幾何ですらない。同じ言葉で呼ぶから、対策も一つだと思ってしまう。
9. 結論
- 単位球の体積は $d=5$ で最大(検算2.1):$d=100$ で $2.37\times10^{-40}$。
- 立体角の山は $d=7$ にあり、場所すら違う(観察2.2)。
- 皮への集中と立方体との比較は別の言明(観察3.3)。
- 無作為な二方向はほぼ直交(検算4.1):$d=1000$ で $0.0252$、予測と一致。
- 最近傍が意味を失う(検算5.1):相対差が $0.113$。
- 同じ集中が恵みになる(検算6.2):$10$ 倍圧縮で平均の歪み $5.5\%$。
- 集中する先は定数ではない(検算7.2):ばらつきは $0.0614$ へ縮み、値は $4.38$ へ登る。
結び:「次元の呪い」と言われたら、次に問うべきは何についての言明かである。一つの物体の中の話か、二つの物体の比較か、無作為な点の話か、算法の勘定か。そして最も鋭いものは呪いではない。同じ集中が、距離を選べなくすると同時に、距離を保ったまま次元を落とすことを許している。現象は一つで、呪いか恵みかを決めているのは、こちらが何を望んだかである。
参考文献
- Lévy, P. (1951). Problèmes concrets d’analyse fonctionnelle. Paris: Gauthier-Villars.
- Bellman, R. (1961). Adaptive Control Processes: A Guided Tour. Princeton: Princeton University Press.
- Johnson, W. B., Lindenstrauss, J. (1984). Extensions of Lipschitz Mappings into a Hilbert Space. Contemporary Mathematics, 26.
- Milman, V. D., Schechtman, G. (1986). Asymptotic Theory of Finite Dimensional Normed Spaces. Berlin: Springer.
- Beyer, K., Goldstein, J., Ramakrishnan, R., Shaft, U. (1999). When Is Nearest Neighbor Meaningful?. Proceedings of the 7th International Conference on Database Theory.
- Ledoux, M. (2001). The Concentration of Measure Phenomenon. Providence: American Mathematical Society.
- 山岸勇輝 (2026). フラクタル次元 [論文94]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758581
- 山岸勇輝 (2026). 自分が4次元にいることを知っているか [論文114]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21963544
- 山岸勇輝 (2026). $c$ の指数が数えているもの [論文116]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22003794
- 山岸勇輝 (2026). 集約の三つの別根 [論文124]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22057728
- 山岸勇輝 (2026). 重なりか、隔たりか [論文139]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081801
- 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
- 山岸勇輝 (2026). 掛け算は「二つ目」を決めない [論文181]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104155
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「次元の呪い」は一つの呪いではない」[論文182]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22104170
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/182・DOI 10.5281/zenodo.22104170・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/182 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22104170
Yamagishi, Y. (2026). “The Curse of Dimensionality” Is Not One Curse [Paper 182]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/182; DOI: 10.5281/zenodo.22104170
@misc{yamagishi2026yoi182,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {“The Curse of Dimensionality” Is Not One Curse},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/182},
doi = {10.5281/zenodo.22104170},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
776a63e02596bd053609b945f5e34faa1ee878a04df9569f8a01ecfb3000e2d9 yamagishi_yoi182_v1_jp.pdff75f386cadfb0c8508f2a5f84c52a46d1be855decb28d8f23248ba0214e9c70a yamagishi_yoi182_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。