【論文190】「稀」は、対数の目盛りで測る

要旨

確率が桁で落ちていくとき、それを「何倍か」で語ると意味を失う。本稿は、稀な事象を測る正しい目盛りが対数を $n$ で割ったものであることを、厳密な組合せ論の値と突き合わせて示す。新しい数学定理は主張しない。

第一に、中心極限定理は裾では道具違いである。公平な硬貨で平均が $0.75$ に達する確率を厳密値と正規近似で比べると、比は $1.63$、$1.42$、$1.11$、$0.690$、$0.271$ と$1$ を横切って落ち続ける(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。確率そのものは $5.1\times10^{-20}$ まで潰れるのに、$-\log(\text{確率})/n$ は $0.1939$、$0.1508$、$0.1346$ と一つの数へ歩いて行く。$n$ が倍になるたび隔たりがほぼ半分になる(第3節)。

第三に、その行き先は相対エントロピーである。目標を $3/5$、$2/3$、$3/4$、$9/10$ と変えても、$n=800$ での値が相対エントロピーに $0.004$ 以内で並ぶ(第4節)。

第四に、柵は「一つの大きな跳び」である。稀な大きい和を条件づけると、指数分布では最大項の割合が $0.0519$ から $0.0513$ と動かないのに、パレート分布では $0.1404$ から $\mathbf{0.9180}$ へ跳ね上がる(第5節)。

第五に、語の衝突を一つ記録する。本体系の論文42 に現れる「大偏差」は最大偏差という数値検算の語であり、本稿の確率論の用語とは無関係である(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。クラメールの定理、レート関数、サノフの定理、重い裾での「一つの大きな跳び」の原理は、いずれも標準的である。そして本稿は定理を証明しない。示したのは有限の $n$ での数値の並びであり、極限の存在は引用である。論文187 との関係:187 はなぜ極限が正規なのかを四つの理由に分けた。本稿が問うのは正規が効かない場所で何が効くかであり、別の問いである。論文137 との関係:137 は相対エントロピーを距離ではないものとして調べた。ここでは同じ式が指数として現れる。同じ道具、別の仕事である。加えたのは中心極限が裾で道具違いであることを厳密値との比で示したこと、対数を $n$ で割ると settle することを組合せ論の厳密値で測ったこと、行き先が相対エントロピーであることを四つの目標で確かめたこと、柵を「一つの大きな跳び」に置いて公平な条件づけで測ったことである。

1. 記法と位置づけ

公平な硬貨を $n$ 回投げ、表の割合が $a$ 以上になる確率を考える。これは二項係数の和として厳密に計算でき、以下ではその厳密値を分数で持ったまま扱う。標本による量には試行数を明記する。

位置づけ:本体系には、指数的に落ちる量を扱うときは比ではなく指数を報告するという規律がある。本稿はその規律が、確率論の中に定理として立っている場所を示す。

2. 中心極限定理は、裾では道具違いである

検算 2.1:平均が $0.75$ に達する確率。厳密値と正規近似。

$n$ 厳密値 正規近似 比
$20$ $0.020694733$ $0.012673659$ $1.6328932$
$40$ $0.0011107169$ $0.00078270113$ $1.4190817$
$80$ $4.2902799\times10^{-6}$ $3.8721082\times10^{-6}$ $1.1079959$
$160$ $8.7622501\times10^{-11}$ $1.2698143\times10^{-10}$ $0.69004185$
$320$ $5.0734915\times10^{-20}$ $1.8720487\times10^{-19}$ $\mathbf{0.27101279}$

(証明終)

観察 2.2 比は $1$ に落ち着かない。$1$ を横切って落ち続ける。中心極限定理が語るのは平均のまわりの幅 $1/\sqrt{n}$ の窓であり、$0.25$ という固定した偏りは $n$ が増えるほどその窓から遠ざかる。ここで使うのは「精度が悪い」のではなく道具が違うのである。

3. 芯:対数を $n$ で割る

検算 3.1:同じ設定で $-\log(\text{確率})/n$ を測る。

$n$ $-\log(\text{厳密値})/n$ 相対エントロピー 隔たり
$20$ $0.1938938036$ $0.1308120359$ $0.0630818$
$50$ $0.1757103435$ $0.1308120359$ $0.0448983$
$100$ $0.150820182$ $0.1308120359$ $0.0200081$
$200$ $0.1424967644$ $0.1308120359$ $0.0116847$
$400$ $0.1375070082$ $0.1308120359$ $0.00669497$
$800$ $\mathbf{0.134589172}$ $\mathbf{0.1308120359}$ $\mathbf{0.00377714}$

(証明終)

観察 3.2 確率そのものは $0.0207$ から $5.1\times10^{-20}$ まで、十八桁にわたって潰れる。ところが対数を $n$ で割った量は $0.194$ から $0.135$ へ、一つの数に向かって静かに歩く。$n$ が倍になるたび隔たりがほぼ半分になっている($0.0200\to0.0117\to0.0067\to0.0038$)。

観察 3.3 これは本体系の規律が定理として立っている場所である。答が指数的なら、比ではなく指数を報告する。「$n=320$ では正規近似が $3.7$ 倍ずれる」と言っても意味は薄い。「指数が $0.1308$ である」と言えば、任意の $n$ についての言明になる。

4. 行き先は、相対エントロピーである

検算 4.1:目標の割合を変えて、$n=800$ での値と相対エントロピーを比べる。

目標 $-\log(\text{厳密値})/n$ 相対エントロピー 隔たり
$3/5$ $0.02322630033$ $0.02013551355$ $0.00309079$
$2/3$ $0.06074561434$ $0.05663301227$ $0.0041126$
$3/4$ $0.134589172$ $0.1308120359$ $0.00377714$
$9/10$ $0.3717403699$ $0.3680642072$ $0.00367616$

(証明終)

観察 4.2 論文137 が距離ではないものとして調べた式が、ここでは指数として現れている。同じ式、別の仕事である。あちらでは二つの法則がどれだけ離れているかを測り、ここでは確率がどれだけ速く死ぬかを言う。

観察 4.3 そして非対称性が、ここでは自然になる。「公平な硬貨が $3/4$ に見える確率」と「$3/4$ の硬貨が公平に見える確率」は、そもそも別の問いだからである。

5. 柵は、一つの大きな跳びである

観察 5.1 大きい和は、どのように達成されるのか。多くの項が少しずつ大きかったのか、一つの項が飛び抜けたのか。

検算 5.2:$100$ 項の和を $40$ 万回。閾値は法則ごとに同じ稀さになるよう取った(そうしないと比較にならない)。表は、条件づけたときに最大の項が和に占める割合である。

法則 条件なし 上位 $1\%$ 上位 $0.1\%$
指数分布 $0.0519$ $0.0521$ $\mathbf{0.0513}$
対数正規 $0.0807$ $0.1604$ $0.2425$
パレート($1.5$) $0.1404$ $0.7278$ $\mathbf{0.9180}$

(証明終)

観察 5.3 指数分布では、稀な大きい和に条件づけても最大項の割合が動かない。和が大きくなったのは、多くの項が少しずつ大きかったからである。パレート分布では、最大の一項が和の $92\%$ を占める。一つの跳びが全部やったのである。

観察 5.4 したがって第3節の指数的な落ち方は、前者についての言明でしかない。柵は指数モーメントが有限であることであり、それが破れると、稀さの測り方そのものが変わる。対数ではなく、冪になる。論文186 が「柵は誤差の裾である」と書いた場所と同じ柵が、ここでも立っている。

6. 点呼と、語の衝突

観察 6.1 

道具 どこを見るか 測り方 柵
中心極限 平均の近く 幅 $1/\sqrt{n}$ の窓 固定の偏りには効かない
大偏差 固定の偏り 対数を $n$ で割る 指数モーメントが要る
重い裾 一つの跳び 冪で落ちる 指数の話が成り立たない

観察 6.2 三つは精度の階段ではない。見ている場所が違う。「正規近似では足りないから補正項を足す」という話ではなく、別の量を測っているのである。

観察 6.3 語の衝突を記録しておく。本体系の論文42 には「大偏差」という語が現れるが、あれは数値検算での最大偏差を指しており、本稿の確率論の用語とは無関係である。同じ四文字が二つのことを指す例が、体系の内側にあった。

7. 結論

  1. 中心極限は裾で道具違い(検算2.1):比が $1.63$ から $0.271$ へ、$1$ を横切る。
  2. 対数を $n$ で割ると settle する(検算3.1):確率は十八桁潰れ、指数は $0.135$ へ。
  3. 隔たりは $n$ が倍で半分(観察3.2)。
  4. 行き先は相対エントロピー(検算4.1):四つの目標で $0.004$ 以内。
  5. 柵は一つの大きな跳び(検算5.2):$0.0513$ 対 $0.9180$。
  6. 「大偏差」は体系内で二つを指す(観察6.3)。

結び:「その事象は極めて稀である」と言われたら、次に問うべきはどの目盛りで測ったかである。確率そのものは桁で落ちるので、比で語れば意味を失う。対数を $n$ で割れば一つの数が残り、その数が、稀さの正体である。ただし、一つの跳びで済んでしまう世界では、その数すら存在しない。

参考文献

  1. Cramér, H. (1938). Sur un nouveau théorème-limite de la théorie des probabilités. Actualités Scientifiques et Industrielles, 736.
  2. Sanov, I. N. (1957). On the Probability of Large Deviations of Random Variables. Matematicheskii Sbornik, 42.
  3. Varadhan, S. R. S. (1966). Asymptotic Probabilities and Differential Equations. Communications on Pure and Applied Mathematics, 19(3).
  4. Ellis, R. S. (1985). Entropy, Large Deviations, and Statistical Mechanics. New York: Springer.
  5. Embrechts, P., Klüppelberg, C., Mikosch, T. (1997). Modelling Extremal Events for Insurance and Finance. Berlin: Springer.
  6. 山岸勇輝 (2026). 最小作用は目的論ではない [論文84]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21741231
  7. 山岸勇輝 (2026). フィッシャー計量の柵 [論文133]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080550
  8. 山岸勇輝 (2026). カルバック=ライブラーは距離ではない [論文137]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081369
  9. 山岸勇輝 (2026). 重なりか、隔たりか [論文139]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081801
  10. 山岸勇輝 (2026). 二乗の点呼 [論文157]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22091931
  11. 山岸勇輝 (2026). 柵は線形性である [論文171]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094287
  12. 山岸勇輝 (2026). 代理を目標にすると、代理でなくなる [論文186]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105530
  13. 山岸勇輝 (2026). 正規分布が特別である理由は、一つではない [論文187]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105639
  14. 山岸勇輝 (2026). 「証明できない」は、文の性質ではない [論文189]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105830

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「稀」は、対数の目盛りで測る」[論文190]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22106182

YOI 190第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・ドイツ語版の .ots・フランス語版の .ots・イタリア語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・PDF Deutsch・PDF Français・PDF Italiano・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/190・DOI 10.5281/zenodo.22106182・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/190 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22106182

Yamagishi, Y. (2026). “Rare” Is Measured on a Logarithmic Scale [Paper 190]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/190; DOI: 10.5281/zenodo.22106182

@misc{yamagishi2026yoi190,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {“Rare” Is Measured on a Logarithmic Scale},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/190},
  doi = {10.5281/zenodo.22106182},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
9208a4ee104c74dbf9ceb3512029b3a64e93744346a842d8a5e35baa8399feb8 yamagishi_yoi190_v1_jp.pdf
706ad960e48e7213a4bd3ce36b751bd11ecaa8bd415e9ec894dfb219c7d5525d yamagishi_yoi190_v1_en.pdf
91369711d04e1f699a1d9f39fac610855b4c170371bc70cde6b7e31bc7a8ccf2 yamagishi_yoi190_v1_de.pdf
914d86680076713375bf20459566fca53ba76b3f3004f4c513136e9e253f3c2c yamagishi_yoi190_v1_fr.pdf
34c6afa3faca2c13e03f48fa2b0bf4a2e3a2328b2691f7a6399dd53c33cfe288 yamagishi_yoi190_v1_it.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。